プーチンは近代憲法原理も破壊した
石村 修(専修大学名誉教授)
近代憲法は、権力(者)の権限を制限し、憲法が許与する範囲での権限行使のみを認めるものとし、権力が恣意的な権限行使を行うことを認めないこととした。さらに、憲法は、普遍的な人間の尊厳と自由を保障するこことし、統治構造はこの基本的人権の保障に寄与しなければならないことになる。近代立憲主義憲法をもつ諸国ではここの原理を受け入れてきており、憲法の寄与するところは大きかった。ところが、今日でも「独裁的な権限」を行使することに魅せられた権力者は、「正しい憲法」のあり方を示した近代立憲主義を無視している。
こうした専制的な権力者に共通するのは、自らが国内統治のルールを定め、国内の統治構造をズタズタにし、さらに、その権力行使の強さを実証するために、他国に何らかのアピールする傾向にあった。その行為の最悪なものが戦争であった。国民には、特殊な魔法をかけて自己の支持を促すことになることになるが、そこではこうした「愛国主義」をもって「民主主義」の変形が実施されてきた。
プーチンが大統領に就任してから、すでに20年になる。その締めくくりは、2000年の国歌の変更と2020年のロシア憲法の改正(修正)であった。そこでは自らの地位を延長するだけでなく、国際秩序を無視し、その結果として領土の拡張を試みてきた。ずる賢さもここまで行くかとあきれるが、この憲法も憲法裁判所の合憲性判断と、コロナ・パンデミック下での国民投票をもって正統化されている。堂々と自分が作り上げた憲法での、独裁的な権限行使を、国民の名の下で行使している。それがウクライナ侵攻(戦争)という悲劇となった。
2020年の改正で、自らの地位の延長を正統化し(81条3.1項)、大統領権限をさらに強化し(83条1項)、ロシア憲法の(ヨーロッパ)国際法への優位を確認した(79条)。微妙なのは「領土割譲禁止」の条項であり、追加された「領土の統一性」(67条2.1項)は、ジョージア・チェチェンの一部、ウクライナのクリミア半島だけでなく、ウクライナ東部2州をもってロシアの本来の領土と解している。
プーチンの狡猾な憲法改正の罠を見抜き、国際世論をもってこれを批判し、とにかくこの戦争をとめなければ ならない。日本国憲法75年の日は、憲法のあり方を再確認する日でなければならないであろう。
参考文献
溝口修平「ロシア憲法」初宿正典・辻村みよ子編
『新解説世界憲法集』(第5版)
石村 修「憲法における領土」法制理論39巻4号(2007年)