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2024-05-01

年寄りの生活と憲法改正

植野 妙実子(中央大学名誉教授)

 4月になり後期高齢者となった。皆は「おめでとう」というけど、早速「後期高齢者医療保険料」の請求がきた。38500円!どこにそんな金の余裕があるのか。
 退職時に、中央大学は研究費で買った書籍を全部置いていくのか、全部持っていくのか(貸与の意味)決めなければならない。全部持っていきたいと思ったので、自宅に広い書庫を作った。おかげで全部持ち帰り、研究生活も続けられている。しかしローンが終わり、いざ自分で火災保険を支払うときになって、5年分100万円以上を請求された。とりあえず5年分は払えるがいつまで払い続けることができるかわからない。


 もう去年から洋服やアクセサリーを買うのはやめている。高いワインも買わない。オンラインの会議が多くなって何を着て登場しても誰も気にしない。交通費もかからない。その点で助かっている。


 ところが先日、犬が健康診断を受け、膵炎にかかっていることを知った。薬代も含めて22000円払った。私には夫もいないので、時々抱きしめるものがほしい。犬はその点、心の安らぎを与えてくれる。しかし金はかかる。稼いではこない。犬のシャンプーも3500円から6050円に値上がりした。


 年寄りになったからといっても、たまには友達と食事をしたい。友達も夜の暗がりでは足元が危ないので、ランチがいいという。銀座アスターのランチも2200円のコースが2700円になった。


 私はある雑誌に人権についての連載をしている。ファンらしき方がいて、時々野菜を送ってくださる。「こんなものを送ってごめんなさい」とその人はいう。とんでもない、実は家計に大いに助かっている。この間も新鮮な椎茸を山ほど送ってくださった。近所に住む仲良しグループの料理研究家とNHKのプロデューサーと分け合い、天ぷらにしたりビーフシチューに入れたりして味わった。


 年金生活者の生活はおぼつかない。年寄りになると、必ず病気の一つや二つはある。私も白内障の手術をして見つかったのが加齢黄斑。ものが歪んで見える。定期的検査が欠かせない。また不眠症。薬を飲まないと眠れない。転んでレントゲンをとったり、疲れて帯状疱疹になったり、落ち着かない。待ち合わせをする時も「その日が無事だったら」という枕詞をつけなければならない。


 日本は高齢社会で、2023年の高齢者人口の割合は29.3%と過去最高を記録している。このまま高齢化がさらに進むと予想されている。他方で、生産年齢人口は1995年をピーク(8716万人、69.5%)に減少し、2023年には7400万人、総人口に占める割合は59.4%である。しかしこれらの人が皆正規の雇用についているわけではない。雇用されている者の約4割が非正規雇用である。新規学卒者の3年以内離職率も32.3%(2023年)と高い。若者がどんどん減り、高齢者が増えるが、こうした高齢者に貧困も多い。2018年の貧困線は単身者124万円、2人世帯で175万円であるが、国際的に見ると日本の高齢者(66歳以上)の貧困は女性22.8%(世界で5位)、男性16.4%(世界で6位)でいずれもOECDの平均を上回っており、さらに女性の方は男性よりも高い。これは税制度上の構造的な問題と関連している(第3号被保険者、130万円の壁の問題)。かなり昔から指摘されていたのに(例えば植野妙実子編『21世紀の女性政策』中央大学出版部2001年)、政府が本気で改革に取り組もうとしなかった。個人的な税制度へ転換する必要がある。 

 憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される」とされ、14条には平等原則も定められている。25条には生存権も定められており、そして何よりも人権の尊重の前提として平和が大切であること、平和的生存権も永久平和主義も日本国憲法には定められている。それらを壊そうとするのが憲法改正である。現実を見れば、戦争に関わったり、戦争が起きたりして、若者や働き手を失ったら、日本という国家の存続すら危ぶまれる。年寄りは戦えない。政治家には現実を直視してほしい。豊かな社会、平和で安心して暮らせる社会を作ってほしい。年寄りも若者も生きづらいのが日本の現状である。                   

(2024年4月30日)

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