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2024-05-01

国会議員の任期延長改憲の不当性について

藤井 正希(群馬大学准教授)

1.国会をめぐる状況

 自民党は、「国会や内閣の緊急事態への対応を強化」する必要があるとして、かねてから憲法改正を主張している。すなわち、現状では、東日本大震災などの緊急事態には法律改正により対応してきたが、今後30年以内に高い確率で発生が予想される南海トラフ地震や首都直下地震などに対する備えや迅速な対応が必要であり、緊急事態においても、国会の機能をできるだけ維持し、それが難しい場合には、内閣の権限を一時的に強化し、迅速に対応できるしくみを憲法に規定するべきとする。そして、その一環として、衆議院議員の任期を4年(憲法45条本文)、参議院議員の任期を6年(憲法46条)と規定している国会議員の任期を国会や内閣の判断で延長できるようにしようとしている(いわゆる国会議員の任期延長改憲)。

 実際、衆議院の憲法審査会では、かかる憲法改正の必要性について、自民党・公明党のみならず日本維新の会・国民民主党などの野党を含めて、国会の発議に要求される総議員の3分の2(憲法96条)の合意が形成されつつある。また、「南海トラフ地震や首都直下地震などに備える」という大義名分は国民にも支持され、各マスメディアの世論調査でも、概して反対よりも賛成する国民が多く、国民投票における過半数の賛成も不可能ではないと言われている。

2.“災害に強い選挙制度”と“参議院の緊急集会の積極的活用”

 しかし、私はこの国会議員の任期延長改憲には絶対に反対である。すなわち、選挙権(憲法15条)は、「国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹をなすもの」(在外日本人選挙権事件・最高裁2005年9月14日判決)であり、国民主権(憲法前文・1条)に直結する。それゆえ、安易な国会議員の任期延長は、選挙権を侵害し、国民主権に反しかねない。よって、まずは“最大限に選挙の機会を保障する”ことを考えるべきである。また、内閣や国会の判断のみで国会議員の任期を延長しうるということは、権力者の“居座り”を容認し、また、“お手盛り”となる危険性も高い。

 この点、まずやるべきこととしては、日本弁護士連合会が主張しているように、公職選挙法を改正して“災害に強い選挙制度”をつくることである。現行法にある①繰延投票(「天災その他避けることのできない事故」により、本来の投票期日を延期しておこなう投票。公職選挙法57条)や②郵便投票(身体に重い障害がある場合などに郵便でおこなう投票。公職選挙法49条)をさらに充実させるとともに、③避難先の市町村役場で投票できる制度や④選挙を一時的に全国一律で延期する選挙延期制度を新設すべきである。また、選挙人名簿を国家も管理し、災害時には国家主導で選挙を実施することも検討に値するであろう。

 また、“参議院の緊急集会(憲法54条2項)の積極的活用”も必要不可欠である。具体的には、衆議院の解散の場合のみならず任期満了の場合も憲法54条2項を適用することはもちろん(憲法54条2項類推適用説)、憲法54条1項(解散の日から40日以内に総選挙、選挙の日から30日以内に国会召集)は緊急集会の対応を70日に限定する趣旨ではないと解するべきである(70日例外許容説)。

3.それでも対応できないような極限的な事例
  ~ 空気感染する致死性ウイルスが蔓延し、容易に外出すらできない場合

 「災害時における国会議員の任期延長」については、つぎのような政府答弁書がでている(2011[平成23]年11月11日)。すなわち、「憲法第45条本文は衆議院議員の任期を4年、憲法第46条は参議院議員の任期を6年と規定しており、また、衆議院が解散された場合、憲法第45条ただし書は衆議院議員の任期はその期間満了前に終了し、憲法第54条第1項は解散の日から40日以内に総選挙を行うと規定しているところであり、これらの憲法の規定にかかわらず、御指摘の東日本大震災に伴う地方公共団体の議会の議員及び長の選挙期日等の臨時特例に関する法律のような法律を制定することにより『国政選挙の選挙期日を延期するとともに、国会議員の任期を延長すること』は、できないものと考える」。改憲支持派は、これを前提にして「国会議員の任期延長改憲」が必要だと主張している。

 しかし、私は、このように考える必要はまったくないと考える。例えば、憲法21条1項は「一切の表現の自由は、これを保障する」と規定して、条文上、一切の例外を認めないかのような体裁をとっているが、周知のように、解釈により、名誉棄損表現、わいせつ表現、ヘイトスピーチ等は規制できると考えるのが通例である。例えば、空気感染する致死性ウイルスが蔓延し、容易に外出すらできない等、当分の間、国会議員の選挙が一切できないような極限的な場合には、“緊急は法を知らず”“例外のない規則はない”のだから(いわゆる、英米法系の考えによる超憲法的な“エマージェンシーパワー”)、選挙権の保障、議会制民主主義、国民主権、立憲主義等、日本国憲法の基本原則に反しないように「明確に要件を定めた」うえで、「容易に想定しがたい極限的な場合」につき、「国会議員の任期延長」を「法律」(措置法、時限法等)で定めることも可能であると私は考える。このような緊急事態的な条項は、憲法に規定しない方が事態に柔軟に対応でき、また、濫用防止の観点からしても、あえて憲法に規定せず法律で対応する方がむしろ望ましいであろう。この点、選挙が可能になった段階で、即座に総選挙をおこない、その対応の是非を国民の信に問うべきであることはもちろんである。

4.憲法改正に固執する理由

 それではなぜ改憲支持派は「国会議員の任期延長改憲」にこだわるのであろうか。それにはつぎに述べるようないくつかの理由が考えられよう。

(1) 最高法規である憲法の改正を史上、初めて成し遂げたという達成感、政治家としての功名心を得たい。
 これは完全にまったく頓珍漢で間違った達成感と功名心である。絶対にやめてもらいたい。

(2) 右派の歓心を買い、支持率をアップし、政権維持に利用したい。
 憲法改正を政争の道具にするべきではない。これも絶対にやめてもらいたい。

(3) とにかく一度“お試し改憲”をやって、憲法改正のハードルを下げ、9条改憲・緊急事態条項改憲へ突き進みたい。“戦争できる国づくり”
 これが最大の本音であることは間違いない。一度、憲法改正を体験すれば国民のなかの憲法改正に対するアレルギーは相当に軽減される。憲法改正を繰り返せば繰り返すほど、憲法改正のハードルは下がる。そうしたら一気に9条改憲・緊急事態条項改憲へ突き進み、“戦争できる国づくり”に邁進するつもりであろう。「国会議員の任期延長改憲」を出してきたのも、このテーマなら「衆参の総議員の3分の2」の合意も可能であり、国民を騙すことも容易にできると踏んだからに過ぎない。何でもいいから、とにかく合意できるテーマで改憲しようとしている。動機が不純であるし、こんな改憲がまったく不要であることは、当の国会議員の諸先生が一番ご存じに違いない。

5.憲法をもっと尊重せよ!

 私も、絶対に憲法を改正してはいけないと思っているわけではない。国民的議論を十分尽くした上で、国民の理解のもとに改正するのならば必ずしも否定するものではない。しかし、現在の自民党主導の憲法改正には絶対に反対である。その理由は、歴代の自民党の首相がおこなった日本国憲法に関するつぎのような発言を見れば一目瞭然であろう。すなわち、“みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね”。“連合国軍総司令部の憲法も国際法もまったくの素人の人たちが、たった8日間でつくり上げた代物だ”。“憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法がいつの間にか変わっていて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね”。“日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して頂く”。このような人たちに絶対に憲法を改正させてはならないと言わざるをえない。自民党の憲法改正草案を見ればわかるが、そもそも自民党の憲法観は、日本国憲法の基本的な理念に疑問を差しはさみ、昔の明治憲法の理念に少しでも戻して、復古調にするのがいいというものであり、憲法の全面改正を志向するものである。

 憲法改正をするのであれば、日本国憲法はいい憲法であり、その理念をさらに発展、進化させるという立場の人に改正をしてもらわなければ良い結論がでるわけがない。戦後の日本の経済や文化の発展、一度も戦争に巻き込まれることなく自衛隊が海外で戦わずに済んだのは、日本国憲法のおかげであるのは間違いない。戦後の日本はいろいろ悪いところもあったが、相対的に見れば自由で民主的な国で、国民はそれなりに幸福を享受してきたのは事実であろう。世界の中でも日本の政治はこれまでうまくやってきた方である。自由や民主主義が享受できているのも、日本国憲法があったからこそなのである。今こそもう一度、憲法を見つめ直してみるべきであろう。

 しかし、今は自民党が憲法改正にどんどん前のめりになっている。国会では、国会議員の任期延長のための憲法改正に必死になっているが、国民はそんなことをまったく望んではいない。前述したように、「日本国憲法はみっともない」「ナチス・ヒトラーのやり方を学んだらいい」「日本は天皇中心の神の国」、そういう勢力が自民党の中心にいて改憲論議を支えている。そうである限り、絶対に自民党主導の憲法改正には賛成することはできないのである。

以上

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