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2021-05-03

東アジアの対米従属国家から東アジアの平和構築貢献国家へ

稲 正樹(国際基督教大学元教員)

 立命館大学の君島東彦さん(憲法・平和研究)から昨年、「東アジアの平和にとって日本国憲法とは何か」(政治経済研究所『政経研究』114号、2020年)という論文の抜刷をいただきました。以下のような内容の論文です。
 制定の時点において、日本国憲法9条は「日本軍国主義の脅威に対する安全保障」の規定であった。「15年戦争を思い出し、記憶に刻みつけること、歴史に残すこと」が要請される(日高六郎『私の憲法体験』筑摩書房、2010年)。しかしその後の戦後史は、パックス・アメリカーナへの「下請けの帝国」としての包摂であった(酒井直樹『ひきこもりの国民主義』岩波書店、2017年)。
 パックス・アメリカーナの衰退と東アジアのパワーシフトの進む転換期東アジアにおいて、日本の帝国意識の克服の課題がある。それは白永瑞『共生への道と核心現場−実践課題としての東アジア』(法政大学出版局、2016年)のいう歴史心理的な分断・溝の克服の課題と重なり合う。
 転換期東アジアにおいて、国内体制と国際平和の関係の問題がある。「国内において立憲主義を再出発させることが、東アジアの平和に貢献する」という関係である。
 白永瑞は、東アジアの葛藤・矛盾を集中的に体現している核心現場、小分断の場所における対立・分断を克服する努力を東アジア全体に越境的水平的に波及させていく「下からの東アジア平和論」を指摘している。君島東彦はこのアプローチに共鳴して、東アジア民衆の越境的水平的なネットワークの形成を展望している。
 論文はこう結んでいる。東アジアの平和のために、日本国憲法は生まれた。しかし、75年経っても、日本の植民地主義の解体・克服の作業は終わっていない。東アジアで、冷戦、中国内戦、朝鮮戦争はまだ終わっていない。「寡頭制的覇権的東アジア」が持続しているが、「寡頭制的覇権的東アジア」がもたらす暴力を抑制しようとする民衆の努力・運動が東アジア各地で見られる。これらの努力・運動から、どのように「もうひとつの東アジア」を切り拓くことができるか。日本の民衆は、これらの努力・運動に、どのように日本国憲法を活かして合流するか、問われている。
 立憲主義の再出発については、渡辺治『安倍政治の終焉と新自由主義政治、改憲のゆくえ』(旬報社、2020年)を参照ください。関連して、古関彰一『対米従属の構造』(みすず書房、2020年)は、対米従属とは日本近代のあり方を根源から問う問題であると述べています。
 対米従属国家から東アジアの平和構築貢献国家へ転換していくこと、普遍的な普遍主義を模索していくこと、植民地主義を克服して、相互理解とともにある平和な東アジア地域を実現していくことの課題を実感しています。

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