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2021-05-03

福島第一原発事故から10年の憲法記念日に寄せて

藤野 美都子(福島県立医科大学)

東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年が経過しました。
東日本大震災十周年追悼式において、菅義偉首相は、「原発事故によって大きな被害を受けた福島の被災地域では、昨年に、帰還困難区域を除く全ての地域の避難指示が解除されるとともに、帰還困難区域でも初めて一部で避難指示が解除されるなど、復興・再生に向けた動きも着実に進んでいます」とする式辞を述べました。福島の復興は、着実に進んでいるといえるでしょうか。
 4月13日、政府は、多核種除去設備(ALPS)等処理水(トリチウムなど放射性物質を含む汚染水)の処分方法について、国の基準を下回る濃度に薄めたうえで海へ放出する方針を決定しました。多数のタンク等が第一原発の敷地を占有し、廃炉作業の支障になっていること、タンクの存在自体が風評被害の一因となっていること、タンクの老朽化や災害による汚染水の漏洩等のリスクが高まることなどが理由とされています。通常運転している原発からもトリチウムは放出
されてきたこと、環境基準を下回る濃度に希釈することなどから、政府の決定を支持する意見もあります。
しかしながら、この時期になぜ、という声が福島では高まっています。4月27日、南相馬市議会は、政府に方針撤回を求める意見書を全会一致で可決しました。原発事故で大きな被害を受けた福島県漁業協同組合連合会は、操業回数などを絞りながら続けてきた試験操業を3月末で終了し、4月1日、本格操業に向けての移行期間に入ったばかりでした。その直後の政府決定だったのです。最悪のタイミングとしか言いようがありません。放射性物質検査を丹念に行いながら、風
評被害と闘いながら、この10年間続けてきた努力が水泡に帰す虞があります。
 海洋放出が環境を汚染することは否定しようもありません。第一原発の立地自治体の大熊町と双葉町、そしてその周辺地域には、まだ広大な帰還困難区域が残されています。3万5千人余りの人たちが、避難生活を余儀なくされています。これだけの大きな環境破壊を招いた事故だからこそ、環境汚染がこれ以上広がらないよう、事故処理には細心の注意を払う必要があるはずです。良好な環境を享受する権利は、今を生きている人々の権利というだけでなく、これからの人々の
権利でもあるのです。
 福島の事故の後、日本政府が脱原発へと政策転換することを多くの人々が期待しましたが、そうはなりませんでした。2018年の第5次エネルギー基本計画は、原発をベースロード電源と位置づけ、2030年時点で全電源の20%から22%を原発が賄うものとしています。さらに、政府が2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減する方針を示したことを受け、日本経済団体連合会会長と日本商工会議所会頭は、原発の再稼働、リプレース、新増設が必要であるとするコメントを発表しました。4月28日には、運転開始から40年を超える関西電力の3基について、福井県知事が、再稼働に同意すると表明しました。福島の事故を受け、原子炉等規制法が改正され、43条の3の32で、発電用原子炉を運転することができる期間は40年と定められました。20年を超えない限りで1回の延長は認められていますが、老朽化した原発を再稼働させることのリスクは大きいと考えられます。福島第一原発事故の原因究明は、いまだ十分には行われていないことを忘れてはなりません。
 福島の事故により、多くの人々の基本的人権が侵害されました。事故から学び、事故の処理そしてこれからのエネルギー政策の展開において、これ以上の人権侵害が起こらないよう目配りをしていかなければなりません。
 2021年の憲法記念日を前に、福島に住む一憲法研究者として、一方では、政府や自治体に対して、再生可能エネルギー推進政策の展開を求めながら、他方では、生活上少々不便でも、少々割高であろうとも、環境にやさしい再生可能エネルギーへの転換を自らも後押ししていく必要があると強く思っています。

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