飯島滋明さん「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案について」
2021年6月2日 第204回国会参議院憲法審査会にて、参考人意見陳述
「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案について」を行いました。
名古屋学院大学経済学部教授(憲法学)
飯島 滋明
日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案について
2021年6月2日
(於)参議院憲法審査会
名古屋学院大学経済学部教授
飯島 滋明(憲法学)
【1】はじめに
まず、今日は先生方の前で話をさせて頂くことに御礼を申し上げると同時に、同情させて頂きたいと思います。参議院憲法審査会での直近の2回の先生方の審議を拝見しましたが、今回の法案に対して衆議院に対する不満や戸惑いを感じられる発言を何度も耳にしました。「荷崩れ法案」という言葉を2回も聞きました。法の専門家として衆議院の審議を議事録等で拝見しても、審議は極めて不十分、生煮えの感が否めません。このような法案を送られてきた参議院としても、正直、どう議論したらよいのか、戸惑うのもやむを得ないと思います。そこでまずは参議院の先生方への同情の言葉を送らせて頂きます。そして私が今回の憲法改正手続法案で問題と考える点を、時間の許す範囲で証言させて頂きます。
【2】公選法並び7項目の憲法改正手続法について
2018年7月5日、衆議院憲法審査会で細田博之議員は公選法並び7項目の憲法改正手続法改正案の理由として「投票環境の向上」を挙げています。確かに洋上投票について便宜置籍船の船員などの投票を可能にするなど、「投票環境の向上」と言える点もございます。しかし、法の制定に際しては立法「目的」の正当性と並び、立法目的達成のための「手段
」も十分検討される必要があります。今回の公選法並び7項目の改正案を検討しますと、「投票環境の向上」という「目的」は正当としても、目的の達成のための「手段」が「投票環境の向上」「利便性の向上」どころか「悪化」をもたらしかねない項目があります。さらに今の憲法改正手続法は憲法上の問題が放置されたままの状態になっています。
【3】 投票環境の悪化をもたらす(可能性のある)「項目」
5月26日の憲法審査会では、投票環境整備などの「外形的事項」と、国民投票運動に係るCM規制に代表される「質に関する部分」があり、「外形的事項」については公選法並びとすることが合理的との発言がありました。しかし、「人」を選ぶ「選挙」と「憲法改正」の是非を問う「国民投票」には制度の目的・趣旨に根本的に違いがあります。そうした違いに適切な配慮をせず、単純に公選法並びにして憲法改正手続法を改正しようとしたため、かえって「投票環境の悪化」「利便性の悪化」をもたらす項目があります。以下、「繰延投票の告示期間の短縮」と「期日前投票の弾力的運用」について発言させて頂きます。
(1) 「繰延投票の告示期間の短縮」
時間の関係で結論だけ述べますが、たとえば自然災害などで日曜日に投票できない場合、今までの憲法改正手続法では少なくとも繰延投票は木曜日以降になります。しかし公職選挙法に合わせる法改正がなされれば、翌日の月曜日の投票が可能になります。日曜日は自然災害で投票ができないので繰り延べる際、翌日の月曜日に投票できるでしょうか? 公職選挙法に合わせて法改正がなされれば、こうしたことが法的に可能になります。「選挙」という「人を選ぶ投票」と、憲法改正国民投票という「国の基本法のあり方を決める投票」を同様な思考で対応することの誤りが明確に現れる項目だと思います。選挙の際の繰延投票の告示期日を2日前にしたことも正直、私は短くて問題だと思います。ただ、当選人を早く確定させる必要性があること自体は否定できません。一方、憲法改正国民投票は、憲法に対して主権者として意志表示をするものである以上、数日間の迅速性よりも、できる限り多くの主権者の意志表示が可能になる制度設計をすべきです。「繰延投票の告示期間の短縮」は「投票環境の向上」どころか投票環境の悪化をもたらす可能性があり、削除か修正が必要だと考えます。
また、選挙の際の繰延投票は、自然災害などが生じた地域だけ繰り延べることになりますが、「憲法改正国民投票」に際して特定の地域が自然災害に見舞われた場合、その地域だけの「繰延投票」で良いのかどうか、やはり十分な議論に基づく制度設計が必要と思われます。全国一斉に繰り延べることになれば、やはり繰延投票の告示期間を2日前にしようとする改正案は全国的な混乱を生じさせる可能性があります。こうした点についても十分な議論と法的対応はなされていません。
(2) 期日前投票の弾力的運用
これも現状を前提とすると、「投票環境の悪化」となる可能性があります。「弾力的運用」と言えば聞こえがいいですが、本多平直議員が衆議院憲法審査会で51時間30分から50時間30分に投票時間が削減された事例を紹介したように(2020年12月2日、2021年4月15日)、選挙管理委員会の判断によっては期日前投票の時間が全体として削減される可能性も生じます。2019年7月の参議院選挙では、投票者に占める期日前投票者の割合は33%となっています。多くの人が期日前投票を活用しているのに期日前投票の時間が全体として削減されるのであれば、「投票環境の悪化」となります。改正をするとしても、少なくとも一か所の投票所は朝8時30分から20時までずっと開けること、地域の実情に合わせて弾力的に運用することは合理的だとしても、全体としての投票時間の削減に至らないための法案の修正が必要です。
さらには今回の改正案では、期日前投票の事由に「天災又は悪天候により投票所に到着することが困難であること」を追加する改正案もあります。自然災害等で投票日に投票できないために「期日前投票」を認めるにもかかわらず、期日前投票時間の短縮をもたらしかねない「期日前投票時間の弾力的運用」を認める法改正案は、投票環境の悪化をもたらす可能性を否定できないと思われます。
【4】 憲法上、問題がある項目
(1)投票できない国民がいる状況は最高裁判所の判例でも憲法違反
2005年9月、最高裁判所は、外国に住んでいる日本人が投票できない状況を憲法違反と判示しました。最高裁判所の判決を受け、時の小泉首相は直ちに公職選挙法の改正を指示しました。外国にいる日本人が最高裁判所裁判官の国民審査に投票できないことが争われた訴訟で、2019年5月には東京地方裁判所、2020年6月には東京高等裁判所は憲法違反と判示しています。主権者の権利である「投票権」の行使が認められない状況は憲法違反というのは最高裁判所以下、裁判所の立場です。投票できない国民がいる状況が放置されているのであれば、最高裁判所の判決などに照らしても、憲法改正手続法も憲法違反状態が放置されていることになります。こうした観点から今回の公選法並び7項目などに関しては、「洋上投票」と「不在者投票」が問題となります。
(2) 洋上投票
衆議院選挙及び参議院選挙では、船員などが洋上投票を行う際には事前に「選挙人名簿登録証明書」の交付を受ける必要があります。たとえば洋上で衆議院が解散されるなどの事態が生じても、「選挙人名簿登録証明書」の有効期間は7年間であり、船員の洋上投票は合法的に可能です。
一方、憲法改正の際の「投票人名簿」は、憲法改正手続法20条1項では、「国民投票が行われる場合において」、「調整」されます。そして憲法改正手続法53条1項では、「投票人名簿又は在外投票人名簿に登録されてない者は、投票をすることができない」とされています。こうした規定を前提とした場合、憲法改正発議の日、そして国民投票日にも船員が洋上にいる場合、船員の憲法改正国民投票は法的に可能なのでしょうか。発議から投票までは60日間という短期間の可能性がある一方、船員は遠洋航行で長期にわたり洋上の可能性があるので、こうした状況が生じる可能性があります。
ここで海上自衛官の例を挙げさせていただきます。海上自衛隊員が遠洋航行をしている際に憲法改正の発議と国民投票がなされる場合、海上自衛隊員は憲法改正国民投票で投票が可能なのでしょうか? こうした問題が国会で議論された形跡はありません。この点については参議院で十分にご審議し、確認して頂きたいと思います。かりに海上自衛隊員が投票できないような状況を放置したまま「公選法並びの7項目」の改正で済まそうとするのであれば、その法律は最高裁判所などの判例に照らしても違憲状態となります。さらには「自衛隊明記」の改憲を主張しながら航行中の海上自衛隊員が投票できない状況を放置しているのであれば、「憲法改正のために自衛隊員を口実にしただけ」という批判は免れないと思われます。
(3) 不在者投票
要介護5に限定している郵便等による不在者投票に関して、2016年11月25日の参議院倫選特で当時の高市早苗総務大臣は、「私はこれでは不十分だと考えています」と答弁しています。高市大臣も自分のお母上の状況を目の当たりにして、要介護3の人でも一人では投票が困難なことを認めています。指定病院等に入院中の人たちの不在者投票についても高市総務大臣は全ての病院、福祉施設をカバーしているわけではないと認めています。個人的な体験になりますが、最近、私は要介護3という方と接していますが、一人で投票所に行くのは無理です。彼は働いているので「要介護2」にされるかもしれないとも言っていました。「要介護3」という要件も本当に適切かどうかも検討の余地があると思います。
まして今、コロナ感染が拡大する中、投票できない人がいる状況に拍車がかかっています。新型コロナウイルスに感染したため、保健所の指示で宿泊療養または自宅での療養を余儀なくされ、その結果、投票できない人たちが生じています。投票できない国民がいる状況は最高裁判所の判例に照らしても憲法違反となりかねません。そこで法改正が必要となります。ただ、これも拙速に行うべきではなく、「不正防止」という観点からの対応も同時に必要になります。憲法の国民主権原理を根拠とする「投票権」の保障の要請と、国民主権を根底から揺るがしかねない「不正投票の防止」という観点から、「公職選挙法」と同時に「憲法改正手続法」でも法改正が必要です。公選法並び7項目だけを今国会で審議するのでなく、再び衆議院憲法審査会でも郵便投票の拡大について審議し、法的対応が必要となります。
(4) 「プライバシーの権利」から法的対策が必要と思われるもの
公選法並び7項目の一つ、投票人名簿の閲覧の導入に関しては、DVやストーカー対策の関係で個人情報保護の観点を加味した点は評価できます。ただ、「プライバシー保護」の点では別の問題が放置されたままです。衆議院憲法調査会事務局が2018年6月に作成した資料『衆憲資第96号』15頁では、「公職選挙法では、禁錮以上の刑に処せられ刑事施設に収容さされている者は選挙権を有しない一方、憲法改正国民投票法ではこのような者も投票権を持つ。改正後の閲覧制度においては、被収容者が投票人名簿に記載された住所によって収容中である旨が明らかになってしまうとの指摘もあり得るため、投票人名簿の閲覧に係る被収容者のプライバシー保護についての対応が必要である」と記されています。通常の選挙と憲法改正国民投票は異なるとの認識が立法者にあったことは、こうした規定の違いにも現れています。犯罪者として刑事施設に収容されているという事実は知られたくない事実であり、そうした事実を知られないことは憲法13条を根拠とする「プライバシーの権利」で保障されます。衆憲資ではその対策が必要と明記されているにもかかわらず、衆議院の憲法審査会では議論されませんでした。
【5】 検討が必要な項目
(1)在外投票
在外投票人名簿の登録率は減少しています。参議院憲法審査会が2021年5月に作成した参考資料51頁によれば、2007年の参議院選挙の際の在外選挙人名簿への登録率は9.54%に対して、2019年7月の参議院選挙の際の登録率は7.13%です。登録率が低いうえ、投票率も概ね約20%台となっています。結果として、外国にいる日本人の約2%程度しか在外投票をしていないことになります。こうした現実を踏まえれば、在外投票人名簿への登録率が減少している原因は何か、投票率が低い原因などを解明した上で、投票環境を向上させるために法改正が必要だと思われます。こうした検討をせずに単に「公職選挙法」に合わせただけでは「投票環境の向上」とは言えません。実際、在外投票は手間が面倒です。憲法改正手続法51条1項では「投票所は、午前7時に開き、午後8時に閉じる」とされていますが、在外投票所の投票時間はHPなどでは9時30分から17時までなど、投票環境は決して良くありません。憲法改正国民投票の際にはできる限り多くの国民が投票できる環境を整えることが「国民主権」から要請される以上、「出国時申請制度」といった改正だけで済ますのでは不十分です。
(2)共通投票所
「共通投票所」の設置は、一見すると「投票環境向上のための法整備」のように感じられます。しかし実際には、2021年4月15日の衆議院憲法審査会で本村伸子議員が「共通投票所の実態を見てみますと、ある町では、7か所あった投票所を削減し、3つの投票所に集約をしています。これによって投票所が遠くなる有権者が生まれるなど、むしろ投票環境を悪化させています」と指摘したように、「共通投票所」が創設される一方で「投票所」が削減されている事例も生じます。必ずしも「共通投票所」の設置は投票環境の向上とはならずに「投票所の集約合理化」となり、投票所までの距離が遠くなる人が生じるなど、かえって悪化をもたらす現実も生じています。「利便性が向上」したのか、検討が必要です。しかし衆議院ではこうした検討もなされませんでした。
【6】 憲法96条の「国民投票」の意義と前提
(1) 小括~公選法並び7項目の憲法改正手続法改正案について~
以上、公選法並び7項目の憲法改正手続法改正案の問題について証言させて頂きました。公選法並び7項目の目的は「投票環境の向上」とのことですが、「繰延投票の告示期間の短縮」や「期日前投票の弾力的運用」はかえって投票環境を悪化させる可能性があります。「洋上投票」や「不在者投票」に関しては、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反の状態が放置されたままの可能性があり、こうした状態を放置したままでの憲法改正国民投票は憲法違反となる可能性があります。「在外投票」や「共通投票所」に関しても、「投票環境の向上」という視点から検討すべき事柄が検討されていません。このような問題点を放置したままで、公選法並び7項目の憲法改正続法を成立させることは適切ではありません。十分な議論を尽くし、法的な対応をすべきと考えます。
(2)附則4条の意義について
さらに附則4条の意味にも言及します。たとえば附則4条では、外国資金の規制の問題も検討が必要とされます。2016年のブレグジットやアメリカ大統領選挙の際、ケンブリッジ・アナリティカ社が投票に影響を与えた可能性が指摘されています。憲法改正国民投票に外国政府や外国資金が影響を与える状況への対応がなされていないのであれば、国のあり方を決めるのは国民という「国民主権」からは大問題です。今、自衛隊基地や在日米軍基地周辺の外国資本の土地取得が問題だとして「重要土地等調査及び利用規制法案」が国会で審議されていますが、外国資本による基地周辺の土地取得への対応のために法的規制を及ぼす必要があるというのであれば、外国政府や外国資本が憲法改正に影響を及ぼすことを阻止する法整備が必要です。外国資金による国民投票への影響の問題は「国民主権」原理を侵害しかねない問題であり、この問題への法的対応なしに憲法改正発議は憲法上、当然許されません。附則4条は外国資本規制なども要求していることから、この問題への対応なしには憲法の国民主権原理を根拠として、憲法96条の国民投票は許されません。
また、憲法96条の憲法改正国民投票がフランス憲法学でいう「プレビシット」(plébiscite) 1 とならず、真に国民意志の表明となるためには、憲法改正に関する多様な意見、憲法改正賛成派と反対派の見解が公平かつ適切に主権者に提供されることが必要です。この点、財力を持つ存在がテレビCMなどを買い上げ、一方的に自己の見解を大々的に流布するような状況で国民投票が行われたら、「金で買われた憲法改正」となりかねません。CM規制に関しては2007年の附帯決議、2014年の附帯決議でもその必要性への言及がなされましたが、CM規制についてもまだ十分な議論と法的対応はされていません。附帯決議の項目が14年間も対応されずに放置されているのです。公平な見解の流れを確保するためのCM規制の問題も、憲法の基本原理である「国民主権」の要請です。附則4条の対応をしないでの国民投票の発議は「国民主権」の関係で許されません。
【7】おわりに
1 「国民投票」はほんらい、主権者である国民の意志が直接表明される制度です。ところが歴史を見れば、必ずしも主権者意志を適切に表明させるためではなく、国民意志が権力者に都合よく利用された事例も少なからず存在します。フランスではナポレオン1世や3世、ドイツではヒトラーが国民投票を悪用し、自己の地位や政策を強化してきました。主権者である国民の意志を問うためでなく、権力者の地位や政策を強化するために権力者が悪用する国民投票が「プレビシット」と言われます。フランスの憲法の本でも、「二人のナポレオン、ヒトラーとフランコ、1978年のチリでのアウグスト・ピノチェト、2002年のサダム・フセインなど」による国民投票の悪用が指摘されています(Bernard Chantebout, Droit constitutionnel,26éd, Dalloz, 2009, p.208.)。日本を代表する憲法研究者である樋口陽一東京大学名誉教授も、「適当な問題を適当な時期に提出すれば国民は常にOui(=はい)で答える」というフランスを代表する憲法学者G.ブデル教授の見解を引用して、「国民投票は、その問題内容と時期によって、提案者の欲する答を引き出すことができる」と国民投票を警戒しています。
今回の憲法改正手続法案には、今まで述べたような問題があります。衆議院憲法審査会でも参考人を呼べば、私が発言したような問題点を指摘したと思われます。ところが衆議院憲法審査会は参考人も召致しなかったことにも現れているように、審議が不十分でした。私が今まで指摘した問題はほとんど議論されていません。「数の政治」に対する「理の政治」を実現し、「良識の府」としての参議院の威信にかけて、衆議院の轍を踏まず、十分な審議を尽く、必要な法的対応がなされることを望みます。今、参議院の先生方は衆議院の不十分な審議に基づく法案に困惑されていると思いますが、先生方が十分な審議をせずに法律を成立させれば、今度は代わって先生方が主権者である国民を困惑させたり、投票できない状況を放置した側に回ることになります。そのようなことがないよう、「良識の府」としての役割を果たし、「真の国民主権の実践」となる法制度の構築に向けた、真摯な審議と対応をお願いしたいと思います。