今こそ立憲的改憲論の議論を怠るな!
藤井正希(群馬大学)
2024年9月27日、自民党総裁選で石破茂が勝利し、石破首相が誕生したことを受け、第50回衆議院選挙が同年10月15日公示・27日投開票の日程で実施されたが、自民党派閥の政治資金問題(いわゆる“裏金問題”)を受けて有権者の不信を買い、自民・公明の与党両党が議席を大きく減らした。
現在の衆議院の定数は465(小選挙区289と比例代表176)であるが、選挙結果による各党の獲得議席の内訳は、自民党191、立憲民主党148、日本維新の会38、国民民主党28、公明党24、れいわ新選組9、共産党8、参政党3、日本保守党3、社民党1(無所属は12)であり、与党は公示前の279議席から64減らし215議席にとどまり、定数465の過半数(233)を大きく割り込んだ。
選挙前に石破首相が勝敗ラインに掲げた「与党で過半数」の議席には、選挙後に統一会派を組んだ無所属議員6人を加えても届かず(221)、与党・自民党の過半数割れは民主党の鳩山由紀夫が首相となり政権交代が起きた2009年の衆議院選挙以来、15年ぶりであった。自民・公明両党はかろうじて少数与党のまま政権を維持し、結局、石破首相は続投することとなった。
石破少数与党内閣の結果、国会運営では、議席を大幅に増やした野党第一党の立憲民主党が、委員長のポストをえた予算委員会をはじめいくつかの委員会で主導権を握り、今後、“政治のリベラル化”が進むことが予想される。また、7月の参議院選挙を見すえ、日本維新の会や国民民主党のみならず、公明党や一部の自民党議員までもが、民意に配慮してリベラルな政策に賛成をする可能性が高い。この点、これまで憲法的な課題とされた“夫婦別姓や同性婚”、“女性・女系天皇”についての議論が大きく進展する可能性もある。
また、護憲政党(立憲民主党148、れいわ新選組9、共産党8、社民党1)が166議席を獲得し、定数465の3分の1(155)を超えた憲法的意味はきわめて大きい。すなわち、憲法96条では、憲法改正の要件として、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成による国会の発議」を要求している。それゆえ、憲法改正には、衆議院では310人以上(衆議院の議員数は465人)、参議院では166人以上(参議院の議員数は248人)の賛成が必要不可欠となる。よって、衆議院で156人以上(参議院では83人以上)の反対議員がいれば、絶対に憲法改正はできないことになる。この点、公示前には、憲法改正に前向きな自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党と無所属会派の勢力は、衆議院で定数の3分の2(310)を超える334あった。しかし、今回、護憲政党が166議席を獲得し、定数465の3分の1である155を超えたことにより、憲法改正はこれまで以上に困難となった。
さらに、自民党が改憲に消極的な野党第一党の立憲民主党に衆議院・憲法審査会の会長ポストを譲り、その地位に党代表経験者であり、自民党的な憲法改正に反対する枝野幸男がついた。考えてみれば、かつての安倍晋三内閣では、超タカ派で強力なリーダーシップを持ち、改憲をライフワークとする安倍首相のもとで、衆参ともに憲法改正に前向きな勢力が3分の2以上の議席を占め、憲法改正は時間の問題とさえ言われていた時期もあった。しかし、今回の衆議院総選挙により、国会の憲法勢力図は様相を一変させたと言える。その是非は別にして、今後、自民党的な憲法改正はその議論すら容易には進まず、従来の憲法改正論議(例えば、いわゆる安倍四改憲案)は完全に停滞する可能性が高い(現状では、事実上、不可能であろう)。
筆者はこのような国会における政治状況のもとにおいて、新たな改憲テーマとして「臨時国会の召集を規定する憲法53条」が浮上し、立憲民主党の枝野審査会長が与野党による合意形成に意欲を示していることに非常に注目している。ご存じの通り、憲法53条は、いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は臨時国会の召集を決定しなければならないと規定しているにもかかわらず、これまでの自民党政権は憲法に開催期限の記載がないことを口実に野党の招集要求をたびたび無視してきた。そこに開催期限(例えば、30日以内)を明記することにより、まさに立憲主義的な“憲法の縛り”をかけようというのである。
これまでの護憲派は、自民党主導の復古主義的な憲法改正にただただ反対するばかりであった。確かに、そのことにより自民党主導の憲法改悪を阻止し続けることができたのは事実であり、大きな効果があったと言わざるをえない。しかし、それゆえに国民的な憲法論議は停滞し、日本国憲法の進化・発展にマイナスの面もあったということもまた否定しえない事実であろう。
筆者は、例えば、首相が党利党略のもと自分勝手な理由で自由に解散権を行使することに歯止めをかける憲法改正(憲法7条、69条)、非核三原則の憲法明記などは十分に議論に値する改憲テーマと考える。護憲派の側からそのような立憲的改憲論の議論を積極的に提起することが、国民の憲法理解や憲法意識を高め、むしろ安易な憲法改悪の阻止につながるであろう。
78回目の憲法誕生日(筆者は5月3日をそのように呼ぶ)の今、国民としては、安易な改憲が困難となった現在の政治状況をむしろ好機ととらえ、憲法改正の必要性、あるべき憲法改正の姿について時間をかけてじっくりと考え、議論すべきである。
以上