少数派の自由侵害は自由な社会の根幹を脅かす〜同性愛者やトランスジェンダーの人びとを含め、すべての人の自由な幸福追求権を平等に保障しよう
笹沼弘志(静岡大学)
2023年には経産省トランスジェンダー行動制限事件最高裁判決、そして性同一障害者性別変更特例法3条1項4号生殖不能要件違憲最高裁大法廷決定が相次ぎ、国会で性同一性障害者性別変更特例法改正の動きも出てくるなど、法的にはトランスジェンダーの人びとの人権保障が進展しているかに見える。しかし、その一方で、SNSだけでなく街頭などでもトランスジェンダーの人びと、特にトランス女性に対するひどいバッシングが目立つようになっている。そうしたトランスジェンダーに対する憎悪行動に取り組むのは少数の者であろうが、トランス女性の女性用トイレの使用への「違和感」への共鳴も拡大しているように思われる。
大法廷決定で三浦守裁判官や草野耕一裁判官等の反対意見で、法的性別の取扱いと、共同浴場など外性器が露出する可能性のある施設における管理規則(身体的外観規範)は別ものであり、外性器が露出する可能性がない女性用トイレについてはそもそも問題外であると指摘されていた。しかし、法的性別の取扱い制度と女性用施設の管理規則とを混同し、特例法が改正されるとトランス女性を装った男性が女性専用スペースに侵入しやすくなり、性暴力の恐れが高まるといった根拠のないデマを振りまくことは許されない。
イギリス最高裁が平等法における女性の定義を生物学的女性であると決定したことを取り上げ、日本においても女性トイレなど女性専用スペースの利用を生物学的女性に限るべきだといった主張も見られる。しかしその主張通りにした場合、性別移行し身体的外観を男性に近いものとしていても、生物学的には女性であるトランス男性についてはどうするのか。女性スペース防衛派の論理では、トランス男性を装って生物学的男性が性暴力目的で女性専用スペースに侵襲する恐れが高まるということにならないか。また、そもそも身体的外観が男性であるトランス男性(外性器については手術・未手術両方ありうる)が女性用の公衆浴場などを利用することを、女性スペース防衛派の人びとは、本当に望んでいるのであろうか。
この社会の中で圧倒的少数者であるトランスジェンダーの人びとへの恐怖を煽り、彼らの尊厳を傷つけ、自由な幸福追求への権利を阻害することは、すべての人が自由平等であるべきだという信念に支えられた、この自由で民主的な社会の土台を掘り崩すことにならざるを得ないことを肝に銘ずるべきである。