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2022-05-01

平和主義を掲げる

若尾  典子(元佛教大学)

  気候変動、災害、核事故、感染症、そして侵略戦争。かけがいのない命と暮らしが壊されている。生活スタイルと政治・政策が、共に連動して変わらなくてはならない時代のまっただなかに、いま、私たちはいる。激しい経済競争に打ち勝つところに、より豊かで快適な生活がある、と思い込んできたのではないか。だが経済競争は、一方で、国際的には国家間格差を生み、開発独裁や権威主義体制の国々を登場させる。と同時に他方、国内的には家族間格差により、放置することの許されない貧困に陥る人々を生み出す。地球の破壊とともに。

 あらためて日本国憲法が、一方で「国際紛争を解決する手段としては」戦争をしないことを表明する9条と、他方で「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」の下に結婚・家族を形成するという24条を掲げて出発していることを想起したい。9条と24条には「政治と生活スタイル」の連動が示される。

 戦前、遅れて国際的経済競争に加わった日本は、権威主義体制の下、国家主義的家族思想の洗脳により人々を侵略戦争へと動員し、世界、とりわけアジアを「恐怖と欠乏」の下に置いた。敗戦による反省の機会を得て、日本国憲法は、世界の人々の「平和的生存権」を確認し、9条と24条をおく。戦争を放棄するという厳しい政治の実現は、国家の道具としての家族から解放され、生活スタイルを自ら作り出す個人によって担われる、と。

 これにたいし、第二次世界大戦に勝利した米ソ両国は、戦後も激しい経済競争のなか、体制維持のため軍事力を強化し、生活スタイルを自国の体制の優位性を示す道具としてきた。そして冷戦の崩壊は、一層、経済競争を激化させ、国家間格差の拡大と貧困による人々の分断を進展させる。結局、軍事力頼みの権威主義への傾斜が強まった結果、むごい戦争が起きている。後ろでほくそ笑むのは、軍需産業と核・化石燃料エネルギー産業ではないか。

 戦後日本も経済競争至上主義を追及し、9条と24条の取り組みには、あまりに消極的であったように思われる。しかし紛争地域の人々は、日本の支援が軍事ではなく生活支援にあることを知っている。そこに、世界の人々の「平和的生存権」を掲げる日本国憲法の強みがある。自国の軍事力増強は国家間緊張を一層、激化させ、戦争正当化の口実を与えるものでしかない。政府に権限を集中することは、命と暮らしに直結する市町村の役割を阻害することになりかねない。現実を直視するとき、あらためて日本国憲法の平和主義に耳を傾けるところに希望がある、と私は思う。

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