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2019-08-01

「自民党改憲4項目」について ―丸腰の積極的平和政策を考える―

西神ニュータウン9条の会HP:
http://www.ne.jp/asahi/seishin/9jyonokai/index.html
代表世話人の事前の要請は、改憲4項目の説明と国民投票に際してどうしたらよいのか、というものでした。

2019.7.20.西神ニュータウン9条の会 於神戸西区民センター
          「自民党改憲4項目」について
      ―丸腰の積極的平和政策を考える―
                龍谷大学名誉教授  鈴木眞澄

【講演の要旨】
1.【短期的戦略】参議院選挙直前に考えるべきこと。
👉改憲4項目の問題点の洗いだしと徹底批判
2.【長期的展望】憲法の平和主義原理を再考すること。
👉日本国憲法の平和主義原理における「憲法原理論―憲法解釈論」的解明に加えて、「憲法政策論(学)」、とりわけ「丸腰の積極的平和政策論」の重要性と緊急性
👉「では、どうすればいいのか?」、「平和外交とは、だれが、何を、どうすることか?」という視点。
3.まとめ

Ⅰ.「2019年3月自民党改憲4項目」の条文案の問題点と徹底批判。
0.【憲法改正の理由】
(1)自民党Q&A:
日本国憲法で自由で民主的社会、経済発展、国民主権、基本的人権尊重、平和主義が定着したが、施行後70年、国民意識、周囲の環境が大きく変化し、現状と合わなくなってきた。

1.【自衛隊の明記】
(1)条文案:
第9条の2(第1項)「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」
 (第2項)「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」
(第9条全体を維持した上で、その次に追加する)
(2)自民党Q&A:
徹底平和主義の憲法9条で、専守防衛、軍事大国化を否定。憲法制定当初は国連主義だったが、東西冷戦で安保理が機能不全、そこで自衛隊、日米安保条約で対処。しかし、①合憲の憲法学者が少なく、②中学教科書も違憲論、③違憲という政党があることから、法治主義、立憲主義のために自衛隊を憲法に書き込むが、従来の憲法解釈は維持。「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者」で「内閣のコントロール」、自衛隊の行動は「国会のコントロール」が行われるから、「シビリアンコントロール」となる。
(3)批判:
①憲法に「自衛のための実力組織」という歯止めなき「自衛隊」を明記すると、違憲の安保関連法制その他一連の自衛隊関連法規が憲法解釈として利用され、さらに「法律」で「集団的自衛権」や「自衛のための武力行使」も限定なしに可能と規定してしまえば、所謂「専守防衛」さえ維持されず、現行憲法9条の「自衛のためであっても武力行使を否定する」という非武装平和主義原理と真っ向から衝突する。
②この法抵触を解決するには法適用に関する「法の一般原則」である「後法優先の原則」により、後法である改正条文が優先適用され、現行9条は、1項2項とも失効することになる(ただし、自民党は憲法が改正されるまでこの解釈には沈黙し、改正後に持ち出す戦略であることに注意!)。
③しかし、現行憲法9条の平和主義原理は、憲法改正の限界となる三大原理の一つであり、立憲主義の根幹をなす根本原理であるから、「自衛隊明記」の憲法改正は、憲法改正の限界を超え、立憲主義を根底から破壊する法行為とさえ言える。
④したがって「自民党Q&A」の「法治主義、立憲主義のため」という説明は本末転倒であるばかりでなく、「自衛のための必要最小限度の実力としての自衛隊」というこれまでの政府解釈からも逸脱するから、単に自衛隊の現状に合わせるだけだという説明は虚偽の説明となる。
⑤憲法9条の内容が「変遷」したという憲法変遷論は憲法解釈論にすぎず、明文で憲法改正することとは全く別次元のことである。
⑥「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高指揮官とする」は、明治憲法11条の「天皇の陸海軍統帥条項」に実質的に相当する。
⑦またシビリアンコントロールの言及しているのは、自衛隊が「軍隊」であることを認めているからである。
⑧現行自衛隊の行政組織法上の親規定である防衛省設置法では、防衛省は、防衛大臣を長とする単なる国家行政組織であり(同法2条)、自衛隊はその下部組織に過ぎない(同法4条1項2号、3号)にも拘わらず、一介の下部組織に過ぎない自衛隊を憲法に規定するのは、憲法の最高法規としての性格と矛盾する。
⑨実体としても、政府説明のように、憲法改正の発議ののち国民投票で否決されても自衛隊合憲という解釈は変わらないとしたら、全く無意味な改正となる。
⑩また現状の世論調査でも、9条の明文改正を支持する者は少数である。

2.【緊急事態対応】
(1)条文案:
第64条の2「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。」(国会の章の末尾に特例規定として追加する。)
第73条の2(第1項)「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。」
 (第2項)「内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。」
(内閣の事務を定める第73条の次に追加する。)
(2)自民党Q&A:
この緊急事態は大規模災害や関連する大規模事故等に限定し、①緊急事態でも国会の機能を維持し、選挙困難な場合における国会議員の任期に特例を設ける、②国会の機能確保できない場合に備えて、内閣が一時的な立法権限を代替する仕組みを作る。②の緊急政令は、国民の生命財産を守る一時的措置で、国会の事後承認、承認が無ければ失効、具体的規定は法律で定める。
(3)批判:
①「法が事前に許す無法状態」という意味の「緊急事態」が、個人の尊厳原理に基づく人権保障という憲法の根本原理と決定的な緊張関係をもたらすという認識が乏しすぎる。
②日本全土で選挙ができなくなった前例などなく、こうした事態を想定するのは、外国のミサイル攻撃を想定するのと同じ構造になっている。
③「法律制定のいとまがない緊急事態」は結局「法律で定める」のであるから、戦闘状態にまで拡大規定される可能性がある。
④ヴァイマール憲法48条の緊急事態条項も「自民党Q&A」の緊急政令条項と同じ体裁でヒトラー独裁を止められなかった前例と同様な事態が想定される。
⑤実際に大規模災害などの事態は「災害対策基本法」等で対応でき、また参議院の緊急集会(憲法54条2項、3項)、公選法57条の「繰延投票」で十分対応できる。
⑥総じて、憲法改正の必要がない条文案である。

3.【「合区」解消】
(1)条文案:
第47条第1項「両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。」
第2項「前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」
第92条「地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。」
(2)自民党Q&A:
選挙における「地域」の持つ意味を重視して、「投票の価値の平等と地域の民意の適切な反映との調和」を図る。さらに一歩を進める意味で参議院選挙での合区を解消し、都道府県区域の選挙区でも一人選挙できるようにするが、「全国民の代表」性に影響ない。地方自治体の二段階制を憲法上明記する。
(3)批判:
①参議院選挙における合区対象県の投票率の低下は合区が原因ではないから、都道府県を重視することに意味はない。
②参議院議員の性格には多様な見解があるから、都府県代表という意味に固定化すれば「全国民の代表」と言えなくなる。
③他方衆議院選挙の投票率はむしろ小選挙区制導入後に低下しており、合区解消とは無関係である。
④地方自治の二段階制は当然の憲法原理とは言えない。
⑤総じて、この改正案もまったく意味がなく、所謂「お試し改憲」の一例に過ぎない。

4.【教育の充実】
(1)条文案:
第26条(第1、2項は現行のまま)
第3項「国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。」
第89条「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
(2)自民党Q&A:
教育の重要性を国の理念として位置づけ、教育に関する基本的理念・方針を明らかにすることで、現行の教育基本法・学校教育法、教科書無償・高校修学支援金・私学助成等の改正を図る。2018年閣議決定「骨太の方針2018」により、幼児教育の無償化、低所得者世帯の高等教育の無償化、年収590万円未満世帯の私立高校授業料の実質無償化を進める。私学助成に関する憲法89条の「公の支配」を「公の監督が及ばない」として誤解をなくす。
(3)批判:
①憲法26条は単なる政治的アジェンダではなく、教育に関する国の積極的具体的な措置を要求していると解されるから、国の「骨太の方針」は当然の義務内容である。
②この改正趣旨は結局現行の教育関連法の改正を予定するもので、憲法改正の必要はない。
③「自民党Q&A」で外された高等教育の補助について、先の「修学支援法」では基準となる世帯収入を固定化する虞と共に、支援の前提として大学の研究・教育の細部にわたって文科省の介入体制がいきわたる仕組みとなっており、04年の国立大学法人化、06年の教育基本法改悪、14年の学校教育法改悪という、大学の自治に対する一連の介入立法が拡大していることから国民の眼をそらす狙いがある。
④「公の監督」条項は、すでに決着済みの話題であり、総じて、改憲項目4も所謂「お試し改憲」に過ぎない。

改憲問題対策法律家6団体連絡会「自民党憲法改正推進本部作成改憲案(4項目)「Q&A」徹底批判:http://article9.jp/wordpress/D:/CustomerData/webspaces/webspace_00136655/webapps/SiteApp8697/htdocs/wp-content/uploads/2019/03/完成版)自民党QA批判.pdf
参照


Ⅱ.日本国憲法の平和主義原理再考:
1.戦後憲法学の歩み(1):「憲法原理―憲法解釈論」としての平和主義原理:
(1)「戦後憲法学は、『非現実的』という非難に耐えながら、第九条を、自衛のための武力の行使を一切認めない非武装平和条項として理解してきた。」「そうした解釈論や政治的・社会的勢力があったからこそ、現在のかくあるような『現実』が形成されてきた。」(樋口陽一「戦争放棄」in同編『講座憲法学2主権と国際社会』日本評論社(1994年)
①戦後日本は、「軍隊」が国外で一人の人間も殺さず、一人の日本人も戦死させなかった。
②しかし、世界有数の規模の装備と軍事費をもつ自衛隊が拡大を続けている。

(2)国家(=国民)主権・立憲主義と武力行使の関係
①憲法は、正戦論とも断絶し(樋口陽一)、「自衛のための戦争・武力行使」も否定している。②憲法9条の「断絶性」の側面は、日本国憲法のオリジナリティを表すと同時に、日本国憲法固有の立憲主義の本質的要素となる。

2.戦後憲法学の歩み(2):「憲法政策論」としての平和主義原理:
(1)「憲法政策学とは、憲法原理、憲法準則の実現のために最も適合的な政策を探求する学問。」「武力行使をするな、は、『しない』平和主義、積極的な平和行動は、『する』平和主義。」(君島東彦「第6章 憲法政策学」in杉原泰雄編『新版 体系憲法事典』青林書院(2008年))

(2)「非武装・丸腰の積極的平和政策」(=「する平和主義」)の前提:
①外国からの脅威は、段階を分けて、非暴力の抵抗(ゼネラルストライキ、政治的不服従、大デモ行進等);海上保安庁、警察力による対応(「平和的安全保障権」深瀬忠一);その他の手段で対応。
②自衛隊は、時間をかけ漸減、最終的に廃止(「国土防衛隊への解編」水島朝穂)。

(3)「非武装・丸腰の積極的平和政策」の提言—「では、どうすればいいのか?」、「平和外交とは、誰が、何を、どうすることか?」の視点―。
①正戦論も否定する日本国憲法の非武装平和主義原理は、その意味で西欧近代立憲主義の超克だとすると、「非武装・丸腰の積極的平和政策」の提言は日本の研究者こそイニシャティブを取らなければならない。
②これまでの積極的平和政策の提言は、人権としての平和的生存権の理念を国際社会に発信し、世界各国との連帯、協力を構築するという点で通底する。

(4)冷戦期=オーバーキル世界の核兵器開発競争期における積極的平和政策:
小林直樹:「憲法第9条の政策論—平和憲法下の安全と防衛」法律時報(1975年10月号)「平和政策の先駆的研究」。「人的文化的交流等、平和外交は無限の可能性がある。」
(同 :『憲法政策論』(1991年))
和田英夫・小林直樹・深瀬忠一・古川純:『平和憲法の創造的展開』学陽書房(1987年)。「1982年から85年までの「総合的平和保障の憲法学的研究」の成果」。
深瀬忠一:『戦争放棄と平和的生存権』岩波書店(1987年)。「総合的平和保障基本法試案」=「①国民的・人類的平和的生存権の確保・拡充のための外交・経済・文化・研究教育等の交流・協力」、「②自衛隊の平和憲法的改編の長期計画、③国連の平和維持機能への積極的参加と世界的・人類的平和秩序建設(日本国憲法施行100年後の2047年の世界を想定)」

(5)冷戦終結後の国際協調期における積極的平和政策:
山内敏弘:『平和憲法の理論』日本評論社(1992年)。「憲法解釈論として国家の自衛権を否定。」「平和政策論として、人権としての平和的生存権を、全世界の国民の間で実現・確保すること」、「日米安保条約の早期廃棄、地球環境保全のためのグリーンヘルメット運動の創設、国際人権諸条約への全面的加入等」、「国際協力の主体に自治体、非政府機関、ボランティアの市民・労働者を含める。」
樋口陽一:前掲「戦争放棄」。「正戦論の復活である国連憲章による国連協力を拒否する。」「あるべき国連像の提起:国連の意思形成過程に「南」諸国を参加させること、国連の価値理念(=人権の普遍性の承認)が文化相対性の否定ではないことを徹底させること。」
深瀬忠一・杉原泰雄・樋口陽一・浦田賢治編:『恒久世界平和のために—日本国憲法からの提言』勁草書房(1998年)。「本文1073頁、延べ31人の憲法学者の提言集」。「浦田賢治『地球立憲主義』」;「清水睦『平和保障省』創設:国際部門、国内部門、平和保障行動隊」等。

(6)テロ、ポピュリズム、自国第一主義の現在:
小林直樹:『平和憲法と共生六十年―憲法第9条の総合的研究に向けて—』慈学社出版(2006年)。「『軍縮省』創設:軍縮・中立政策の研究・実施のため、外務省と連携して内外の平和条件の整備に当たらせる。」
水島朝穂:『平和の憲法政策論』日本評論社(2017年)。「平和主義の憲法政策として、憲法9条の『平和的合理性』に徹し、平和の『守り方』と『作り方』を追究する。」
君島東彦:「六面体としての憲法9条—憲法平和主義と世界秩序の70年」in『憲法問題29』(2017年)。「ワシントン/サンフランシスコ、大日本帝国、日本の民衆、沖縄、東アジア、世界の民衆という6つの視点の総体として9条をとらえる。」

Ⅲ.若干の私案
1.日本という国の特殊性:
(1)宗教的寛容性
(2)唯一の被爆国
(3)憲法第9条

2.「防衛省」にかわる「平和省」という構想:
(1)小林直樹「軍縮省」;清水睦「平和保障省」構想。
(2)「平和政策の研究・推進」を設置目的とする国家行政組織として「平和省」を設置。
(3)「積極的平和活動の実践として、丸腰の職員を世界中に派遣する。」

3.「平和のテーブル」という構想:
(1)東西冷戦時代の構造とゲーム理論―「テーブルに着く」ことの重要性。
(2)国連憲章第6章「仲介」、「調停」の趣旨―「東と西、北と南のはざまにあって和解の務めを果たす。」(深瀬忠一)。
(3)「オスロ合意」(1994年)という実例

Ⅳ.まとめ:平和主義原理・政策の展望
1.変化を望まない若者の増加
①「9条を変える必要はない」(55%)、しかし過去3年間の世論調査で「安倍内閣を支持する」:18~29歳男性=57.5%、30代男性=52.8%、男女全体=42.5%。2019.7.1.朝日新聞)
②「自己責任論」の浸潤による若者の自信喪失。しかし、10~20年後に彼らが日本の中心になること!
③「国民は自分のことしか関心を持たない」とすると、どれだけ「自分のこと」として理解しあえるかが鍵となる。

2.「理想=非現実的な理念」の力の確信
①「9条=非武装平和条項」という理念と運動が「非現実的」と言われながら今日の「現実」を造り上げてきたように、「非武装・丸腰の積極的平和政策」の理念と実践によって「あるべき現実」を造り上げることができる。
②若い世代の新しい感性による平和・民主主義運動への期待と支援。

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