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2021-02-04

改正新型インフルエンザ等特別措置法案、改正感染症法案・改正検疫法案に対する憲法研究者有志一同による反対声明(2月4日更新)

2021年2月4日追記:声明に関しては、現在までに多くの報道がありました。
下記リンクをご参照ください。
特措法等の改正に反対する憲法研究者有志声明に関する報道一覧

はじめに

 2021年1月22日、菅政権は表題の改正法案を閣議決定し、同日、国会に提出した(以下、改正案という)。生命に対する権利、健康で安全な生活を送る権利は憲法で認められており(13条、25条)、その保障こそが政府に課せられた最も重要な役割である。ところが安倍政権や菅政権は人びとの生命や暮らし、雇用を守る政策を適切に果たしてこなかった。これまで政府が行ってきたのは感染防止のための呼びかけや休業要請だけであり、感染防止のために必須の検査体制を整備せず、医療機関への支援も乏しく、感染者の入院や療養施設も極めて不十分なままである。改正法案は不適切なコロナ政策の結果として生じた状況に行政罰、公表などの威嚇で強権的に対応することを可能にする、本末転倒な法案であり、政府の失策を個人責任に転嫁するものである。
 感染防止のためには、「検査による感染者の発見」、「感染者と非感染者の分離」、そして「感染者に対する治療」を適切に施すことが求められる。特措法や感染症法、検疫法を改正するならば、検査体制の確立、医療の確保、無症状者の療養施設の確保などの感染防止治療体制、休業補償や生活保障施策などの施策が最初に明記されるべきである。 
ところが改正案ではこうした施策はほとんど明記されていない。改正案の中心的な内容となっている行政罰、刑事罰、公表などの措置は感染防止に寄与するどころか、かえって感染拡大を招き、医療崩壊、事業破壊、生活破壊を招くだけのものである。さらに、らい予防法と同様、重大な憲法問題を惹起する。
以下、改正法案の憲法問題に言及する。

1 時短命令や休業命令に対する命令違反

 政府がまず行うべきことは、生命や健康で安全な生活を保障する支援や補償であるにもかかわらず、改正案はきめ細やかな支援や補償を明記する代わりに、罰則を伴う「命令」の脅しで時短や休業を強行させる内容となっている。改正案は、「営業の自由」(憲法22条、29条)や「財産権」(憲法29条)を不当に侵害し、生命や生活の権利を奪いかねない内容となっている。
 改正案の罰則は、社会的害悪が明確で悪質な行為だけを「犯罪」として法律で定めることができるという「適正手続主義」(憲法31条)からも問題である。憲法31条は刑事手続の規定であるが、刑事手続の規定も行政手続に準用されることは最高裁判所でも認められること、行政目的達成のために必要最小限の権利・自由の制約しか認められないという「比例原則」に照らせば、改正案に行政罰を設ける憲法上の妥当性には疑問がある。

2 入院を拒否した感染者への罰則の導入

 今回の感染症法の改正案は、新たに都道府県知事による「宿泊療養」「自宅療養」の協力要請を定め、その協力要請に応じない場合に「入院勧告」ができ、入院措置に応じない場合又は入院先から逃げた場合には、「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」を規定している。「懲役」という刑罰は明らかに過重な刑罰で均衡を欠き、「適正手続主義」(憲法31条)とは相容れない。
 「懲役刑」などの「刑事罰」については1月28日に自民党と立憲民主党との間で合意がなされ、刑事罰を行政罰の過料に修正し、「100万円以下の罰金」が「50万円以下の過料」に修正されると報じられている。ただ、こうした修正がなされても、「罰則」を設ける妥当性の問題は解決されない。いま深刻に問題になっているのは、医療崩壊によって、入院ができずに自宅療養を強いられ、医療がまったく受けられず自宅で放置されたまま死亡する事例の多発である。入院措置に応じない人や入院先から逃げた人がどのくらいいるのかも明らかでない。にもかかわらず、こうした罰則を導入することには全く正当性がない。

3  保健所による調査の拒否や虚偽回答への罰則の導入

 感染症法の改正案では、入院措置の対象となる患者に対する積極的疫学調査に際し、虚偽答弁や調査拒否をした者に対して「50万円以下の罰金」を規定し、感染を疑う正当な理由のある者に対し、都道府県知事による健康状態の報告の求めに応じる義務を規定していた。「50万円以下の罰金」に関しても1月28日に自民党と立憲民主党との合意により、「30万円以下の過料」に修正されたと報じられている。
 このような規定は、罰則を恐れるあまり、感染していること自体や、検査結果を隠す人を増大させる可能性がある。その結果、現在進行している市中感染を抑える効果は期待できない。個人情報やプライバシー権の保障に十分配慮された疫学調査かどうかも不明であり、実際に疫学調査拒否を行なった者がどれくらいいるのかも示されない中で、行政罰を伴う規定の新設には反対する。安易な行政罰の導入は、感染者等に対する差別や偏見を一層助長させる恐れがある。

4 公表という制裁の前に、医療機関に対する適切な支援などを実施すべき

 政府に求められるのは、医療機関に対する財政的な支援、患者を受け入れることができる医療体制の構築である。しかし改正案には財政的な支援などは明記されず、厚生労働大臣・都道府県知事等は、緊急の必要があると認めるときは、医療関係者・民間等の検査機関等に必要な協力を求めることができるとし、当該協力要請に正当な理由がなく応じなかったときは勧告ができ、正当な理由がなく勧告に従わない場合は「公表」できるとしている。
 「公表」という制裁を明記する前に、まずは医療機関に感染症患者の受け入れを可能にする支援体制、受入れ態勢を整備することが求められる。
 そもそも医療機関や保健所が切迫した状況に置かれた根本的な原因は、長年、自公政権が進めてきた、「医療費削減」「医療機関の削減」「保健所削減」などの「新自由主義的政策」にある。今後、政府は憲法25条2項の理念を適切に踏まえて「新自由主義的政策」を転換し、今回のような感染症の拡大にも対応できる医療制度や保健所体制を確保する必要がある。

5「まん延防止等重点措置」も憲法上、問題が多い

 特措法の改正案は「まん延防止等重点措置」を新設し、都道府県知事が一定の事業者に対し、営業時間の変更等の措置を要請・命令することができ、正当な理由なく命令に応じない場合は「30万円以下の過料」を科し、要請・命令したことを公表できるとしている。また、命令の施行に必要な限度で立入検査、報告徴収ができるとし、それを拒否した場合には「20万円以下の過料」を科すことも規定している。1月28日に自民党と立憲民主党との合意では、「30万円以下の過料」が「20万円以下の過料」に修正されたと報じられている。
 そもそも緊急事態を前倒しして「まん延防止等重点措置」を新設する合理性はあるのか不明である。さらに「まん延防止等重点措置」を実施する要件は「政令で定める」としており、その発動は内閣総理大臣の判断に全面的に委ねられている。私権制限や罰則発動の要件となる「まん延防止等重点措置」の要件を政令に白紙委任することは、憲法73条6号からも正当化できない。さらに民主主義国家である以上、私権制限の要件となる「まん延防止等重点措置」について国会の事前承認が改正法案に明記されていない点は極めて問題であり、行政の民主的統制(憲法66条3項、65条等)とも相容れない。国会の事前報告を付帯決議に盛り込む修正で与野党間の合意がなされたとも報じられているが、「国会承認」でない以上、行政の民主的統制が確保されたと言えるわけではない。
 新型コロナウィルスの感染の拡大対処として、この間、飲食店業界イジメの様相を呈してきた営業の自粛・短縮要請が繰り返し行われてきた。このようなときに、要請・命令・公表・行政罰でもっていっそう権力的に事業者の営業の自由に介入しようとする改正案は、事業者に対する支援に必要な財政上の措置その他の措置を効果的に講ずることの義務化を見送った点との兼ね合いからしても、「営業の自由」「財産権」に対する過度の制約であって、違憲の疑いが強い。
 なすべき改正の基本方向は憲法が要求する「正当な補償」(29条3項)を可能にする財政措置の発動であり、生存が侵害されている事業者や人々への救済措置の徹底である。

6 改正案の見直しの基本線

 さらに「立憲主義」「法治国家」という視点からは、特措法の改正に当っては以下の項目も真剣に検討されるべきである。第一に、緊急事態宣言の発出と解除の要件を明確にすること。第二に、緊急事態宣言の発出と解除は国会の事前承認を要件とすること。第三に、現行法では「二年を超えてはならない」(特措法32条2項)とされている緊急事態宣言の期間を短縮すること。第四に、緊急事態宣言の発動と運用に関して第三者的な監視機関を設置し、緊急事態宣言の発動と運用について慎重を期すこと。第五に、両院における新型コロナ対策特別委員会の新設などを含めて、緊急事態宣言に伴う措置の実施状況について適時に国会に報告する仕組みを定めるとともに、緊急事態宣言の発出の根拠および宣言に基づく措置について国民に対して迅速に情報を公開し、広く検証ができる体制を整える
こと。第六に、科学と政治の役割分担と両者の関係のあり方について、諸外国の経験に学んで現状を検証すること。第七に、国民に対して透明性の高い迅速で定期的な情報提供のシステムをつくること。

7 おわりに

 2021年1月14日、日本医学会連合や、日本疫学会と日本公衆衛生学会が声明を出した。これらの声明で指摘されているように、刑事罰や行政罰により感染症に対応しようとする政策は甚大な人権侵害を伴う一方、感染症阻止には成功せず、かえって感染症へのコントロールを困難にさせてきたことは多くの国が経験してきたことであり、日本も例外ではない。そうした人権侵害に対する反省を踏まえて、感染症法前文では「感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し」と明記されている。
ところが菅政権は上記学会等による学問的知見、ハンセン病患者などへの人権侵害という歴史的教訓を無視・軽視して強行的な政策を進める一方、感染防止のためにとったのは人々への注意喚起に止まった。そもそも、今やるべきことは特別な法整備をしなくても可能なこと、こうした改正案を審議すること自体が貴重な審議時間の無駄遣いになること、第3次補正予算の見直しこそすべきという点も指摘せざるを得ない。そして刑事罰や行政罰、公表を創設しようとした発想は、政府の注意に従わなかった個人や医療機関等に感染責任があるとの発想であり、政府の無策を責任転嫁するものにほかならない。刑事罰が削除されたとしてもこうした批判は当てはまる。また改正案は、生命、自由、幸福追求への権利を保障すべき国の責任を否定するものであり、生存権、勤労の権利、営業の自由、財
産権を侵害する。
「立憲主義」「法治国家」理念を貫徹する観点からも、菅政権は行政罰、公表などの強制手段を伴う改正案を根本的に見直し、検査体制の確立、医療の確保、無症状者の療養施設の確保など感染防止治療体制、休業補償や生活保障などの施策を明記するべきである。こうした修正がなされない限り、改正案は成立させるべきではない。

【賛同者】 2021年2月4日段階76名

浅野宜之(関西大学教授)
麻生多聞(鳴門教育大学教授)
足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授)
飯島滋明(名古屋学院大学教授)
井口秀作(愛媛大学教授)
石川多加子(金沢大学准教授)
石塚迅(山梨大学准教授)
石村 修(専修大学名誉教授)
井田洋子(長崎大学教授)
稲 正樹(元国際基督教大学教授)
井端正幸(沖縄国際大学)
植野妙実子(中央大学名誉教授)
右崎正博(獨協大学名誉教授)
浦田一郎(一橋大学名誉教授)
浦田賢治(早稲田大学名誉教授)
榎 透(専修大学教授)
榎澤幸広(名古屋学院大学准教授)
大内憲昭(関東学院大学教授)
大野友也(鹿児島大学准教授)
岡田健一郎(高知大学准教授)
奥野恒久(龍谷大学教授)
大久保史郎 (立命館大学名誉教授)
小栗 実(鹿児島大学特任教授)
片山 等(国士館大学教授)
金澤 孝(早稲田大学)
上脇博之(神戸学院大学教授)
河上暁弘(広島市立大学准教授)
菊地 洋(岩手大学准教授)
北川善英(横浜国立大学名誉教授・愛知淑徳大学講師)
木下智史(関西大学教授)
君島東彦(立命館大学教授)
清末愛砂(室蘭工業大学大学院准教授)
倉田原志(立命館大学教授)
倉持孝司(南山大学教授)
小竹 聡(拓殖大学教授)
小林 武(沖縄大学客員教授)
小林直樹(姫路獨協大学教授)
小松 浩(立命館大学教授)
近藤 真(元岐阜大学教授)
斉藤小百合(恵泉女学園大学教授)
笹沼弘志(静岡大学教授)
澤野義一(大阪経済法科大学教授)
清水雅彦(日本体育大学教授)
鈴木眞澄(龍谷大学名誉教授)
髙佐智美(青山学院大学教授)
高橋利安(広島修道大学名誉教授)
高橋 洋(愛知学院大学教授)
髙良沙哉(沖縄大学教授)
竹内俊子(広島修道大学名誉教授)
田島泰彦(元上智大学教授)
建石真公子(法政大学教授)
塚田哲之(神戸学院大学教授)
常岡(乗本)せつ子(フェリス女学院大学名誉教授)
中川 律(埼玉大学准教授)
中島茂樹(立命館大学名誉教授)
長峯信彦(愛知大学教授)
永山茂樹(東海大学教授)
成澤孝人(信州大学教授)
成嶋 隆(新潟大学名誉教授)
丹羽 徹(龍谷大学教授)
根森 健(新潟大学・埼玉大学名誉教授)
濵口 晶子(龍谷大学准教授)
藤野美都子(福島県立医科大学教授)
古川純(専修大学名誉教授)
前原清隆(元日本福祉大学教員)
松原幸恵(山口大学准教授)
宮井清暢(富山大学教授)
宮地 基(明治学院大学教授)
三宅裕一郎(日本福祉大学教授)
村田尚紀(関西大学教授)
本 秀紀(名古屋大学教授)
結城洋一郎(小樽商科大学名誉教授)
横尾日出雄(中京大学教授)
若尾典子(元佛教大学教員)
脇田吉隆(神戸学院大学准教授)
和田 進(神戸大学名誉教授)

                

以上

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