「相次ぐ米兵犯罪に抗議する憲法研究者記者会見」
2024年8月2日 憲法研究者有志66名による「相次ぐ米兵犯罪に抗議する憲法研究者記者会見」が行われました。
以下の記事が紹介されています。
【1】8月2日記者会見について
東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/344779
神奈川新聞
https://www.kanaloco.jp/news/social/article-1099417.html
沖縄タイムス
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1409743
琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-3346214.html
【2】8月6日沖縄県への手交について
沖縄タイムス
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1411497
琉球新報
https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-3349273.html
相次ぐ米兵性犯罪に関する憲法研究者抗議声明
1 国民・市民を守るという役割を果たさない自民党・公明党政権
日本敗戦後、米軍基地周辺、とりわけ沖縄では米兵による性犯罪がくり返されてきた。1995年にも米兵3人による少女暴行事件があり、抗議集会には約8万5千人もの沖縄県民が参加した。この事件から約30年近くたつが、いったい何が変わったのか。2016年4月、20歳の女性が元海兵隊員に強姦の上、殺害された事件で『読売新聞』(2016年5月20日付)も「またか」との記事を掲載した。いまも沖縄では2023年12月の少女誘拐・性犯罪と2024年5月の性犯罪等が大きな問題となっている。2005年7月3日早朝、米兵が小学生に強制わいせつ事件を起こした際、「こんなことは許せないと思った。県民の側に立ち命を守ってほしい」との思いから、ある女性が稲嶺知事〔当時〕に手紙を送った。この女性は1984年(当時17歳)に米兵3人に輪姦され、その後は自殺未遂を繰り返すなど、後遺症に苦しんできた。この手紙には「いったい何人の女性が犠牲になれば、気がすむのでしょうか?」と書かれていた。この手紙は2005年7月13日の衆議院外務委員会でも取り上げられている。そもそも、それ以前から米兵による性犯罪がくり返されてきた経緯がある以上、その段階で適切な対応が採られるべきであった。しかし自民党・公明党政府は米兵犯罪が起きないようにするための具体的な対応をしてこなかった。2016年の強姦殺人事件の際、岸田文雄外務大臣〔当時〕はケネディ駐日大使を呼び出して抗議した。ところが、いま問題視されている米兵性犯罪に岸田自公政権が米側に強く抗議した形跡がない。嘉手納基地第18航空団司令官のニコラス・エバンス准将と在沖米総領事のマシュー・ボルド氏は謝罪もせず、岸田自公政権も1997年の日米合意に基づく通報手続を米側が採らなかったことに改善要求をしようともしない。こうした岸田自公政権の対応では、今後も米兵による性犯罪がくり返される危険性がある。実際、7月4日にも米兵の性犯罪が起きている。
性犯罪は個人の性的自己決定権や尊厳(憲法13条)を根底から破壊する、卑劣極まりない犯罪である。日本国憲法は「個人の尊重・尊厳」を中核とする「基本的人権の尊重」を基本原理としている以上、私たち憲法研究者は、再び米兵の性犯罪が起きないようにするための政治をしない自公政権の職務放棄を断じて容認できない。「個人の尊重・尊厳」「基本的人権の尊重」を擁護する立場から、憲法研究者有志一同は相次ぐ米兵性犯罪に断固たる抗議をする。さらに国民・市民を守る役割を果たしてこなかった自公政権にも強く抗議すると同時に、日米地位協定の改定を含む、米兵犯罪をなくすための政治を強く要望する。
2 日米地位協定改定の問題
日米安保条約6条にもとづく日米地位協定17条3項(a)は、「合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する」とし、(ii)において「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」をあげる。その結果、米軍人や軍属が「公務執行中」であれば、犯罪が日本国内で行われたとしても、日本ではなく、米側が裁判権を有することになる。
その犯罪行為が公務執行中であるか否かが問題になりうるが、日米両国は「その罪が公務執行中の作為又は不作為から生じたものである旨を記載した証明書でその指揮官又は指揮官に代わるべき者が発行したものは、反証のない限り、刑事手続のいかなる段階においてもその事実の十分な証拠資料となる。」ことで合意している。したがって、米側が公務執行中であることを主張すれば、日本側がそれを覆すことができない。
では公務執行中でない場合であれば、日本側に取調べ権や裁判権は保障されるのか、というと、そうではない。なるほど同条3項(b)は、「その他の罪については、日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する。」と規定するから、同条3項(a)にあたらないのであれば、日本側に「裁判権を行使する第一次の権利」があるようにみえる。
にもかかわらず、この点でも、日本側に取調べの権限があるとはいえない。すなわち同条5項(c)において、「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする。」として、その者が米軍基地内部に逃げ込むなどして「身柄が合衆国の手中にあるときは」、公訴が提起されるまでの間、合衆国による拘禁が継続する。したがって日本側が取り調べを行うには、著しい困難がある。
つまり、犯罪が公務執行中以外のときに行われ、かつその身柄が米軍の手中にないときという条件を両方とも満たさない限り、日本側の起訴前の取り調べ権や裁判権は及ばない。
なお1995年の少女暴行事件をきっかけに、日米両国は「殺人又は強姦という凶悪な犯罪の特定の場合に日本国が行うことがある被疑者の起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても好意的な考慮を払う。合衆国は、日本国が考慮されるべきと信ずるその他の特定の場合について同国が合同委員会において提示することがある特別の見解を十分に考慮する。」という点で合意した(「刑事裁判手続に係る日米合意委員会合意」)。しかし、ここで言及された「凶悪な犯罪」に該当する場合でも、米側がその身柄を日本に引き渡す法的義務を負うのではなく、日本側は米側の「好意的な考慮」に期待するのみである。実際2002年の女性暴行未遂等のケースでは、日本側から身柄引き渡し要請があったにもかかわらず、米側はその要請に応じなかった。
以上から明らかなように、日米地位協定によって、米軍人・軍属らの犯罪について、日本側の捜査・取調べ・公判・刑の執行をふくめた刑事裁判権は著しく制限されている。そのことは、日本の主権(刑罰権)の制限であり、日本が主権を有することを定めた憲法前文および司法権が裁判所に帰属することを定めた憲法第76条に反する。日本人による犯罪の処罰と比べ差別的な取り扱いをすることは、「法の下の平等」を定めた憲法14条1項に反する。
3 構造的暴力の中で繰り返される性暴力
冒頭で指摘したように、日本敗戦後に米軍基地の多くを押し付けられた沖縄では米兵による性暴力が繰り返されてきた。1995年に起きた米兵3人による少女暴行事件を契機に発足した「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」は、1945年3月26日の米軍上陸の日からの沖縄での米兵による性犯罪を冊子『沖縄・米兵による女性への性犯罪』にまとめてきた。1996年版では6頁ほどであったが、2021年までの事件を盛り込んだ最新版ではこの痛ましい事件を列挙した年表が66頁に及ぶ。記録を掘り起こし、丁寧に証言に耳を傾けることでの情報量であるが、目を通せば、一つ一つの事件のむごさに慄然となる。
「平時」であっても、力によって相手を支配するという軍事主義に内在する構造的暴力と、その根底にある女性蔑視・女性差別がある限り、軍隊による女性への暴力が根絶されることはない。個々の事件に矮小化してはならない。というのも今、2022年12月の「安保三文書」閣議決定以来、慎重な検討も国民的議論も欠いたまま、岸田自公政権は空前の大軍拡を加速させており、その中で「日米一体化」も進めているからだ。辺野古の新基地建設をめぐっては、沖縄県民が再三にわたって反対の意思を表示しているにもかかわらず、脱法的手法まで駆使して、地方自治を踏みにじって強行している。この構図は、相手方を対等なパートナーと認めず、暴力によって支配しようとするDV(ドメスティック・バイオレンス)の引き写しである。沖縄県民に向けられる差別と構造的暴力は日米安全保障条約、および同条約に基づく日米地位協定の改定がなければ解消しない。
そもそも、日米安全保障条約体制がそうであるような、軍事に傾斜し、軍事力で安全を保障しようとする安全保障政策をとり続けることは、抑圧的な力の行使や力による威嚇を肯定するのでなければ成り立たない。こうした考え方は、強さや暴力的な力の行使に優位的な価値を付与し、日常の生活を人間らしく生きることを重視した価値を従属させるといった支配従属関係を構築する。それは支配を目的に一方的につくりだされてきた性別二元論に基づいて、「女性性」を「男性性」に従属させることであり、軍事力中心主義は、ジェンダー不平等を固定化させ、女性を構造的な劣位に位置づけ、そのような土壌に性暴力がまかり通るのである。安全を、平和を、力によるのではなく、非暴力と人権に基づく平和的な手段によって実現しようとする日本国憲法の基本原則に立ち返るのでなければならない。
今回の事件について、政府が沖縄県に速やかに情報を伝えなかった理由として、「関係者のプライバシー」を挙げ、あたかも被害者のプライバシーを保護するかのような釈明がなされている。しかし、被害者のプライバシーを配慮しつつ、情報を自治体や市民と共有することは可能である。米兵事故・事件の賠償や補償業務を担当するのは防衛省であるため、防衛省が犯罪事実を把握していなければ補償手続は始まらない。米兵性犯罪の情報が伝えられなかったことが、被害者への精神的ケアや補償の遅れを招いた。被害者に対して補償を含む適切なケアとともに、再発防止に向けた対応が尽くされなければ、あらたな被害を食い止めることもできない。実際、2023年12月の米兵性犯罪が知られていれば、2024年5月の事件は防げた可能性があるとの批判も噴出した。被害者のプライバシーを盾にして、情報を隠蔽してはならない。事件を不可視化し、性暴力被害を軽視することこそが、被害者の尊厳を奪うものである。
日本政府は、「女性・平和・安全保障(W・P・S)」(国連安保理決議1325号)の積極的推進を掲げている。この決議にも指摘されているように、平和・安全保障にかかわる意思決定に女性の平等な参加が不可欠だ。植民地主義と軍事主義に内在する構造的暴力にさらされ続けてきた人々の声が聞かれなければならない。
4 おわりに
沖縄県警によれば、1972年の復帰後、米軍人の犯罪の検挙数は6163件、殺人、強盗、強制性交等罪(現「不同意性交等罪」)といった凶悪犯罪の摘発は584件、「強制性交等罪」
は134件となっている(RBC2024年6月26日放映)。「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の宮城晴美さんによると、1945年以降の米兵の性犯罪は確認できるだけでも1000件を超える(『東京新聞』2024年6月27日付〔電子版〕)。
最近、岸田首相は「先送りできない課題」と頻繁に発言している。6月25日の自民党役員会でも「憲法〔改正〕は先送りできない課題の最たるもの」と発言した。「先送りできない課題の最たるもの」として、日本政府に求められているのは極めて不公正な「日米地位協定」改定を含めた、米兵犯罪をなくすための実効性ある政治である。今回の相次ぐ米兵性犯罪でも問題となっているように、米兵犯罪の被害者支援・補償という点でも現行「日米地位協定」18条では極めて不十分であり、改定は必須である。岸田自公政権には、国民・市民を守るための政治をしてこなかった職務放棄を根底から改め、日米地位協定の改定を含め、実効性ある対応を強く求める。
以上
【賛同者】 2024年8月2日9時段階 66名
青野 篤(大分大学)
麻生多聞(東京慈恵会医科大学)
足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授)
飯島滋明(名古屋学院大学)
井口秀作(愛媛大学)
石川多加子(金沢大学)
石塚 迅(山梨大学)
石村 修(専修大学名誉教授)
井田洋子(長崎大学)
稲 正樹(元国際基督教大学教員)
岩本一郎(北星学園大学)
植野妙実子(中央大学名誉教授)
榎 透(専修大学)
榎澤幸広(名古屋学院大学)
右崎正博(獨協大学名誉教授)
榎本弘行(東京農工大学)
岡田健一郎(高知大学)
奥田喜道(奈良教育大学)
奥野恒久(龍谷大学)
小栗 実(鹿児島大学名誉教授)
神谷めぐみ(沖縄国際大学)
上脇博之(神戸学院大学)
河上暁弘(広島市立大学)
木下智史(関西大学)
君島東彦(立命館大学)
清末愛砂(室蘭工業大学)
倉田原志(立命館大学)
倉持孝司(元大学教員)
小林 武(沖縄大学)
小林直樹(青森公立大学)
木幡洋子(愛知県立大学名誉教授)
斉藤小百合(恵泉女学園大学)
笹沼弘志(静岡大学)
佐藤信行(中央大学)
沢登文治(南山大学)
澤野義一(大阪経済法科大学名誉教授)
清水雅彦(日本体育大学)
鈴木眞澄(龍谷大学名誉教授)
菅原 真(南山大学)
高作正博(関西大学)
髙佐智美(青山学院大学)
高橋利安(広島修道大学名誉教授)
高良沙哉(沖縄大学)
高良鉄美(琉球大学名誉教授・参議院議員)
田島泰彦(元上智大学教授)
常岡(乗本)せつ子(フェリス女学院大学名誉教授)
中島茂樹(立命館大学名誉教授)
永田秀樹(関西学院大学名誉教授)
長峯信彦(愛知大学)
永山茂樹(東海大学)
成澤孝人(信州大学)
二瓶由美子(元桜の聖母短期大学)
丹羽 徹(龍谷大学)
根森 健(東亜大学大学院教授)
藤澤宏樹(大阪経済大学)
藤野美都子(福島県立医科大学)
前原清隆(元長崎総合科学大学教員)
松原幸恵(山口大学)
水島朝穂(早稲田大学名誉教授)
宮井清暢(富山大学名誉教授)
三宅裕一郎(日本福祉大学)
村田尚紀(関西大学)
門田 孝(広島大学)
吉井千周(富山大学)
横尾日出雄 (中京大学)
若尾典子(佛教大学)