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2023-06-08

浦田賢治さん(早稲田大学名誉教授)「地球の生き残りをかけてーー目指すは世界人民の平和的生存権の実現」

「地球の生き残りをかけてーー目指すは世界人民の平和的生存権の実現」(2023年2月15日)

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恵庭事件
「隗より始めよ」という言葉がある。もっともであるが、まずは「是非の初心忘るべからず」から始めたい。これは、能を足利義満に認められた世阿弥の言葉である。1962年12月、北海道で起きた恵庭事件は、日本国憲法のいう「平和のうちに生きる権利」の初心を知る重要な手掛かりになる。恵庭町内で酪農業の経営を軍事演習で損なわれた野崎健美、美晴の兄弟が、砲弾の騒音で損害をうけた自衛隊基地に入り、演習用通信線をペンチで切断した。この抗議行為を札幌地裁は無罪と判決した。自衛隊は違憲だという被告側の主張を無視し、憲法判断を回避する手法ではあるが、この判決は確定した。
 現在、恵庭事件は「憲法を武器として」と題する映画になっている(2017年製作)。監督は稲垣秀孝、語りは仲代達矢であり、北海道平和委員会も製作を後援した。弁護士・内藤功はこの事件の弁護人を務めた人物で、この映画の自主上映会で、いまなお毎回、解説をしている。この持続する志は「是非の初心」ではなかろうか?

岸田文雄
 北大教授・深瀬忠一は、1963年9月の『世界』に「島松演習場事件と違憲問題」を発表して、恵庭事件の問題提起をした。たまたまこの時期、岸田文雄少年は、ニューヨーク市に居住し、小学校の3年間、現地の公立小学校に通った。彼は広島出身の通産省官僚だった父・岸田文武の息子である。その父は1979年、官僚から政治家に転身して、衆議院議員となる。1987年に、息子・文雄は日本長期信用銀行を退行して、父の議員秘書になる。こののち岸田文雄は、1993年の総選挙で、安倍晋三と並んで初当選し、父親と同じ宏池会に所属した。
 宏池会のイメージは、世間ではハト派だ。1957年6月に池田勇人が、旧自由党の吉田茂派(吉田学校)を同門の佐藤栄作と分ける形で派閥をつくった。しかし自民党の各派閥は、腐敗と陰謀並びに、対米従属・反共・軍事大国化路線を共有した。1963年の宏池会のその後も、派閥の分裂と合従を通じて、理念なき複雑な抗争を続けた。2012年10月、岸田文雄は古賀誠から宏池会を継承し、第9代宏池会会長に就任している。

安倍政権の外交安保政策
 岸田はまた、第二次安倍内閣以降、外務大臣職を5年近く勤めた。2012年12月から2017年11月まである。それに先立ち、2007年9月から顕在化したアメリカ史上最大の企業倒産、つまりリーマン・ショック(2008年9月15日―)で、米国大統領オバマは、破産企業の責任を問わなかった。他方で2009年アメリカ復興・再投資法などで金融危機に対応した。しかしオバマ政権(2009年1月から2017年1月)では、ロシアと中国の台頭によって、オイル・ダラーといわれる米ドルの覇権はよわまり、グローバルな海外基地網で支配する軍事覇権も、脅かされてきた。
 その中で安倍政権の外交安保政策は強度の対米従属と虚構の自律性の枠組のもとにあった。外相岸田は外務省とともに安倍政権の安保政策を忠実に実行した。安倍の政治は官邸主導の大小のクーデタでもって、憲法の主権・民主・人権の原理・原則を侵害し、憲法破壊を強行したのである。主な策動を列挙すると次の通りである。
 2013年には特定秘密保護法の制定から、国家安全保障会議(NSC)とその事務局(NSS)の設立へ、そして国家安全保障戦略(National Security Strategy)の策定に及んだ。この戦略に基づき2014年に、防衛装備品輸出三原則が設定され、また2015年には開発協力大綱が改定された。そして2014年に安保法制懇の再開と報告書の提出、この報告書に基づく集団的自衛権行使を合憲とする閣議決定(7月1日)、そして2015年9月の安保法制の成立となる。極めて重大な軍事法制がつくられたのである。

 さて、安保法制が合憲であるというその論理は、まともな法制官僚なら口にしないような3段論法である。まず当然の法理なるものを援用する。すなわち憲法は前文で平和的生存権を、第13条で幸福追求権をうたっている。だから、これらは、自国の安全が確保されていることが前提になることは当然であるとする。次に、そうであれば、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置、これは我が国が主権国として持つ固有の自衛権であるという。従って結論として武力の行使を禁じている9条は、集団的自衛権を否定していないという。まことに論理破綻が一見明白な詭弁である。

 ところで、戦争犯罪と植民地主義の謝罪に関わる「戦後70年談話」の趣旨は2015年、米国の連邦両院議員合同会議での安倍演説で歪曲され、実は謝罪が消えたのだった。次いで2016年には、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)が語られた。それは憲法の国際協調平和秩序観に逆らって、武力行使によるアメリカ「帝国」の覇権強化を目指すものである。
したがって日米安保同盟のNATO化を志向するのである。

 安倍晋三が「抱き着いた」と言われるトランプの政権は、2017年12月18日の「国家安全保障戦略」で、アメリカ第1主義のもと「力による平和の維持」を宣言した。そしてドイツを含むNATOなどの諸国に対して、軍事費をGDPの2パーセントに増大せよと強く要求した。ドイツやトルコを含む5か国には、ソ連の核実験以後1950代からNATOの核抑止政策として核共有(Nuclear Sharing)があった。米国の解釈では核兵器が使用される場合、NPTは効力を失い、国際法に反することなく、核共有国の軍隊が核兵器の運搬に関与できるとされている。欧州方面のNATOの核兵器は1971年に約7300発でピークに達した。その多くが英国を通じて西ドイツに置かれていた。2017年11月現在でもドイツ政府は、核共有を維持している。安倍晋三は、この核共有を日本も導入せよと主張した。

岸田政権の戦争政策に抗う
 さて岸田文雄は、首相・菅義偉が退陣した後、安倍派・麻生派・茂木派の多数の支持を得る形で、2021年10月に政権を立ち上げた。彼はバイデン政権が差配する日米安保体制のもとで、安倍の新時代リアリズム外交を引き継ぐと宣言した。米国との核拡大抑止シシテム(核の傘)のもとで、岸田政権は2022年12月16日、国家安全保障戦略(NSS)など安保関連3文書を閣議決定した。NSSは相手の領域内を直接攻撃する「敵基地攻撃能力」を明記したのである。自衛隊は、敵国が米国など同盟国の攻撃に着手したといわれれば、敵国に反撃能力を行使する。これは国際法上、先制攻撃に当たる可能性が高いもので、とりわけ核兵器使用の場合が想定されている。その結果、沖縄基地ばかりか、本土の米軍基地までも、攻撃対象になりかねない。また2023年度から5年間の防衛費をNATO並みに増額する。そのため、現行計画の1.5倍強となる43兆円とすることを盛り込んだ。そこで自衛隊が戦闘継続能力を強化するとして、この予算を合理性を保持して使いこなせるのか、これを危ぶむ声がしきりである。

 日本人には無意識のうちに戦争と核のアレルギーがある。戦争政策の遂行に自覚的に抵抗し、これを阻止する輿論づくり活動と多様な平和運動は苦悩しつつも、地道に展開している。米国の従属国である日本の選択肢は、中国やロシアを敵とする「帝国」の軍事覇権命令に忠実に従うことではない。知識人の役割は、発想を転換し日本国憲法に依拠して、制度としての戦争に抗い平和を創る思想と構想をねりあげることである。とりわけ米国の世界支配の追求を拒否して、G7やNATOの傘から離れねばならない。日本の現在と未来は、非核・非戦・非同盟の旗を掲げて、平和を愛する世界の朋友たちと共に闘う過程で拓かれる。

「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」(平権懇)は、日本国憲法が掲げる世界人民の平和的生存権を、地球が生き残る道を切り開く武器として、今後も闘い続けるであろう。

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