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2026-05-02

平和憲法の確保と発展の方向性 稲 正樹(元国際基督教大学教員)

平和憲法の原点を確保・発展させるものとして、以下の3点を指摘できます。

(1) 協調的安全保障体制の構築(Pax AmericanaからPax Asiaへの転換)

 平和構想提言会議の「提言・戦争ではなく平和の準備を」は、「『日米同盟』一辺倒から脱し、アジア外交と多国間主義の強化を」という大切なポイントを提示しています。米国への過度な軍事的依存を正し、アジア外交と多国間主義を強化する。中国との緊張緩和と関係改善、北朝鮮との国交正常化を含む朝鮮半島との関係の安定化は、日本の社会・経済をより豊かにする。東アジアにおいて敵を作らない『共通の安全保障』を改めて促進する必要がある、といいます 1
 このように、「人間の安全保障」の観点に立って国連との連携をさらにすすめて日米同盟を相対化し、9条の徹底した平和主義を活性化していく必要があります。日本はPax Asiaの一員としての立場を明確にし、近隣東アジア諸国・諸国民との協力によって武力紛争を予防する多国間地域平和システムを構築する取り組みを粘り強く進めていく。
 その一つとして、東アジア共同体憲章案の構想があります。ASEAN+日中韓の三か国間で共有可能な価値や行為規範を発見し、それを法原則として表現する試みは、思想的な精算が十分にできていない、前世紀の「アジア主義」の問題点を世界的に通用する論理で考究する作業にもなる。また、近代日本の東アジア諸国への侵略の負の歴史を建設的な未来への教訓として昇華するプロジェクトにも結びつくことが指摘されています 2 。 
 いま真っ先に⾏わなければならないことは、国家安全保障戦略における中国の仮想敵国視を取り止め、南⻄シフトによる九州・沖縄の軍事要塞化の進⾏を中止すべきです。⽇本政府は、東アジアでの戦争を引き起こすことに直結する「中国への戦争態勢の構築」を直ちに止め、東アジアに戦争をもたらす「中国包囲網」から抜け出し、それを解体しなければならないと考えます 3

(2) 軍縮平和主義の推進(東北アジア非核兵器地帯条約の締結など)

 非核兵器地帯とは、特定の地域において核兵器を排除する国際法上の制度のことで、次の三つの要素が含まれます。①核兵器の製造、取得、配備などを禁止する。②核兵器国が地域の非核兵器保有国に対し、核兵器使用・威嚇・攻撃を行わない「消極的安全保証(NSA)」を約束する。③条約の遵守を検証し、問題が生じた際に協議する機能を持つ機関を設置する。非核兵器地帯は、地域や関係国間の信頼醸成に貢献し、グローバルな核兵器禁止に向けた地域からの規範作りとして重要な意義をもちます。
 梅林宏道(NPO法人ピースデポ)は、北東アジアの三か国(韓国・北朝鮮・日本)が地理的な非核兵器地帯を構成し、周辺の三つの核兵器保有国(米国・ロシア・中国)が消極的安全保証などを含む非核兵器地帯を尊重する義務を負う構想案を発表しています 4
 山内敏弘は、東北アジアの非核兵器地帯条約の締結のためにクリアしなければならない課題として、北朝鮮にこの条約に加入させることができるか、アメリカがこのような条約に対して消極的な安全保証を与えるかどうか、日本がアメリカの「核の傘」から離脱してこの条約に加盟する決断をすることができるかの三点を指摘しています。同時に、核兵器禁止条約への日本の加盟、自衛隊の組織改編(国土警備を主任務とする国土警備隊、災害救助業務を行う災害救助隊、国際的な災害救助隊)も追求していく必要があるとしています 5

(3)「平和国家的公共の福祉」への協力責任

 ⽇本国憲法は、全世界の国⺠がひとしく恐怖と⽋乏から免かれ、平和のうちに⽣存する権利を保障される国・地域・世界を実現していくためにできる限りの努⼒をしていくことを私たちに⽇本⼈に要請しています。この点に関して、かつて1980年代後半に先輩の憲法学者たちによって構想・発表された「総合的平和保障基本法試案」の第2条〔平和的⽣存権の確保・拡充と協⼒責任〕は次のように規定していました。

 「⽇本国⺠および全世界の諸国⺠の平和的⽣存権をひとしく保障することこそが、平和保障の⽬的であるから、その実現⼿段はその⽬的にふさわしいものでなければならず、また平和的⽣存権を⾝近なところから確保し拡充してゆくことが総合的平和保障の基盤となる。⽇本国⺠は、憲法によって、戦争と軍備と戦争準備のための国防軍事的な犠牲と協⼒義務から免かれ、平和的⽣存権を法的に保障されているが(ただし、⽇⽶安保条約に基づき、沖縄等に侵害が持続している)、わが国⼈⺠全体さらには近隣地域から世界に及ぶ諸国⺠の安全と平和および⼈類の平和的⽣存権の確保のために、平和的な⼿段によって寄与する責任と負担を免れているわけではない。それらは、旧い国防軍事的な公共性を根本的に⽅向転換した建設的な平和国家的公共の福祉として、国⺠に受容され積極的に協⼒されなければならない」 6

 第2条は、日本国⺠は隣国⺠から⼈類全体に及ぶ平和的⽣存権の擁護・尊重の連帯責任を意識し、積極的に協⼒すべきこと−−「平和国家的公共の福祉」への協⼒責任−−を述べています。
 最近では、君島東彦の「しない平和主義」と「する平和主義」の議論があります。 日本国憲法第9条に象徴される、「戦争の放棄」「戦力の不保持」の理念は、武力行使という直接的な暴力を否定し、消極的平和を担保しようとする精神である「しない平和主義」といえる 。
 それに対して、憲法前文にある「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という理念は、日本が国際協調を通じて構造的な暴力を根絶させ、平和をつくり出す責任を負うことを示している。これはすなわち積極的平和の追求を日本に課している。いまの日中関係を見るならば、「しない平和主義」はもちろん重要であるが、同時に国際社会に対する日本の真価が問われているのは、「する平和主義」の実践です 7

 日本の政府と市民は武力によらずに何ができるか。防衛においても、国際平和協力においても、シビリアンにできることは数多くある。 
 防衛についていえば、市民的防衛あるいは非暴力防衛という方法がある。市民的防衛あるいは非暴力防衛とは、市民が日常的に自国政府の戦争準備政策を批判し、万一侵略があっても他国の支配に屈しない強いデモクラシーを普段からつくっておくこと。さらには、他国の市民との交流・連帯により、自国と他国の双方の戦争準備を事前に阻止することを意味する。
 国際平和協力についていえば、さまざまなNGO活動がある。 非暴力介入(nonviolent intervention)あるいは非武装の市民による平和維持(unarmed civilian peacekeeping)と呼ばれるNGOがその一例です。これは、紛争地からの要請に応じて、訓練を受けた多国籍の市民のチームを派遣し、彼らのプレゼンスが「国際社会の目」となり、紛争の暴力化の抑止力となるNGO活動です。
 重要なことは、いまの世界において−−人類の長年にわたる惰性ゆえに−−ミリタリーに依存している任務のうち、シビリアンでできることは漸進的にシビリアン(文民、市民、NGO)で置き換えていくという努力である。ミリタリーの活動領域を縮減し、シビリアンの活動領域を拡大していく試みであることが指摘されています 8


 政治学者の千葉眞は、日米同盟の相対化と大幅な軍縮の必要性を主張して、「戦争の惨禍」への深刻な反省と悔恨をふたたび将来の日本への社会的想像として喚起することで、非戦型の「小国」平和主義を今後に向けて踏みしめるべき道として選択していくことを提唱しており9 、「小国」平和主義への転換が真剣に検討されるべきです 10
 「安保+自衛隊」という一見すると強固に見える国民世論を転換していく展望は、「武力によらない平和」によって立つ日本の将来構想と憲法政策を明確に示すことにあります。それとともに、向米一辺倒を見直し、アジア諸国との共生を目指す立場の展開がいまこそ必要です。
 韓国の憲法学者・李京柱の次のような指摘に、私たちは耳を傾けるべきです。

 「韓国をはじめとする東アジアにとっては、日本国憲法は東アジアへの不戦決議であり、不侵略の決意でもある。・・・特に、9条2項がなかったならば、日本はアジアの国々に仲間⼊りすることは難しかったのではないかと思われる。・・⽇本国憲法は⽇本の安全をたもつものであるが、『⽇本に対するアジアの安全』のためのものでもある。⾮武装を定めた⽇本国憲法第 9 条 2 項と前⽂などはそれを総合的に表現したものであると思われる。象徴であるにせよ、天皇制が存置されたことを考えると⼀層そう⾔える。・・・9 条 2 項の存在は、天皇制が残っても戦⼒を保持しないため、⽇本に対する安全が保たれるというメッセージをアジア諸国⺠に伝えたに違いない。・・『⽇本の安全』と『⽇本に対する安全』が両⽴する道を探るべきである。⾃⼰とは他者に依存する存在だからである。他者を悪い⽅向で利⽤し、共存するのではなく、⼈間の尊厳を守る平和的⽅向で国際関係、隣国関係を作るべきである。東アジアから平和共同体を作る近道はここにある。アジアの平和共同体構想を実現することは、そう簡単ではないかもしれない。従って、まずは緊張緩和のための段階的相互⾏為(Graduated Reciprocation in Tension Reduction)が必要である」 11

<お断り>本稿は、拙稿「立憲主義から平和を築く」月刊社会教育第70巻第5号(旬報社、2026年)4-11頁、日野市民自治研究所2025年度憲法リレー講座第6回(2026年3月14日)報告レジュメ「平和憲法の確保と新⽣を求めて」と一部重複しています。


1 川崎哲・⻘井未帆(編著)『戦争でなく平和の準備を』(地平社、2024年)230-232⾴。
2 中村⺠雄・須網隆夫・⾅杵陽⼀郎・佐藤義明(編)『東アジア共同体憲章案―実現可能な未来をひらく議論のために』(昭和堂、2008年)。
3 ⾼井弘之『「中国への戦争態勢」は誰のための何のためのものか−東アジアでの戦争を⽌めるために』(第四企画、2026 年)。
4 梅林宏道『⾮核兵器地帯という選択−分断を超えて<コモン>へ』(地平社、2025 年)。
5 ⼭内敏弘『安倍改憲論のねらいと問題点』(⽇本評論社、2020 年)209-214 ⾴。
6 和⽥英夫・⼩林直樹・深瀬忠⼀・古川純(編)『平和憲法の創造的展開−総合的平和保障の憲法学的研究』(学陽書房、1987 年)。深瀬忠⼀『戦争放棄と平和的⽣存権』(岩波書店、1987年)。
7  https://www.kyoiku-tosho.co.jp/news_list/2026-01-05/
8 君島東彦「平和憲法の再定義」平和研究 第39 号(早稲⽥⼤学出版部、2012年)17 ⾴。
9 千葉眞「『小国』平和主義のすすめ−今日の憲法政治と政治思想的展望」思想第1136号(2018年)83-109頁。
10 最近では、奥野恒久「非軍事平和主義の今日的意義と可能性−『小国・平和イニシャティブ』という選択肢」龍谷大学政策学論集第15巻第1・2合併号(2026年)53-70頁。
11 李京柱『アジアの中の⽇本国憲法−⽇韓関係と改憲論』(勁草書房、2017 年)12-13、16 ⾴。


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