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2026-05-02

憲法は「空気のようなもの」ではありません。 鈴木眞澄(龍谷大学名誉教授)

1947年5月3日の日本国憲法(以下「憲法」)の施行からまもなく80年を迎えようとしています。

 憲法は「空気のようなもの」ではありません。多くの人は普段周りの人たちに合わせて日常生活を送っていますが、そうしたルールの頂点にあるのが、憲法です。憲法は「国の最高規範」(憲法第98条第1項)だからです。したがって憲法は「空気のようなもの」とタカをくくっていられるのは、「空気」そのものが確実に「在る」ことが大前提になっているということを忘れてはなりません。

 その憲法がかつてないほど危機に陥っています。先の衆議院選挙で大勝した高市首相が、「憲法改正」に異常なほどの意欲を見せているからです。アメリカのトランプ大統領がホルムズ海峡の機雷除去活動のために自衛隊の派遣を要請したのに対し、日本の高市首相は、「法律上の制約があるから」として、「今回は」断ったと報じられています。結果として、憲法第9条の「絶対平和主義原理」が現政権を救ったことになります。してみると、憲法第9条は土俵の「徳俵」の役割を果たしたとも言えます。しかし、「次回は」分かりません。

 日本の、とりわけ若い世代は政治に後ろ向きだと言われることがありますが、こうした現象は今に始まったことではありません。しかし、憲法第9条を対象にした憲法改正が今日ほど現実味を帯びた時はありませんでした。戦争とは、「年寄りが始めて、若者が死ぬ」ことだ、と言われています。若い世代が「それでもいい」と思っているとは到底思えません。憲法という「空気」が確かに存在することを、ハッキリと認識しなければならない時代になりました。                        

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