toggle
2026-05-02

この1年、高市「非立憲」改憲の発議許すまじ 小林 武(沖縄大学客員教授)

 今年、日本国憲法は、その誕生の記念日を格別に風雨強かるべき中で迎えています。4月12日、高市早苗首相が自民党大会で総裁としておこなった改憲慫慂の演説は重大です。「日本人の手による自主憲法への改正は党是。時は来た。来年党大会までに改憲発議のめどを立てよう」と述べたのです。立憲主義のわきまえに欠け、また時代錯誤の「押しつけ憲法」観に立つものですが、そのもつ政治的影響力は甚大で、早速、とりわけ改憲勢力が3分の2議席を優に超える衆議院での改憲作業には、拍車がかかっています。憲法にとって危急存亡の時だといわなくてはなりません。


 この演説に言う「来年党大会」は来春ですから、この1年が改憲の発議を許すかどうかの正念場となることを高市首相自身が設定したのです。これを正面から見据えて護憲のためにたたかいたい、私は、そう考えています。

 首相の演説の問題性は、まずもって立憲主義への違背にあります。改憲論議が強引に進められようとしている今の段階で、改憲主張のありよう自体の問題性を立憲主義に照らて糺しておくことが不可欠であるといえます。近代立憲主義の真髄は、憲法によって国家権力にしばりをかけることで人権を保障するところにありますが、日本国憲法でも、各所に要石のように置かれており、ここでは96条と99条が重要です。ともに、憲法の改正は主権者国民自身が担う事業であるとの考えに立った条文です。


 96条が、改憲の提案(発議)を国会に委ねているのも、国民代表議会であるからです。また憲法はどのようにでも変えてよいものではなく、基本原理の本質的内容を失わせるような改定は法理上許されないことを含意しています。2項が、改正された部分は「この憲法と一体を成すものとして」公布されるとしているのは、その趣旨です。首相演説の「日本人の手による自主憲法」というのは基本原理も根本から変えることになり、96条の予定する改正だとはいえません。

 そして、99条は、憲法尊重擁護の義務を天皇・摂政、国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員、などの公職者、国家権力担当者に課しており、立憲主義の大前提を成す規範です。とりわけて、最高の権力の座にある内閣総理大臣の義務はもっとも重いといえます。政権政党の大会の壇上に立って改憲を、時期を区切った形で煽る首相からは、こうした立憲主義のわきまえは微塵も感じられません。これに喝采を送る国会議員も同断です。

 非立憲政権の暴走を、何としてでも止めなければならないと思います。今、まさに、主権者国民の出番であり、憲法の発する「不断の努力」(12条)の呼びかけに応えて、この1年、発議をくい止めることに、お互いの力を尽くしましょう。

関連記事